ハーバード大学(以下、ハーバード)の受験を通じて学んだことの一つは、たくさん失敗すればいつかはチャンスが巡ってくる、ということでした。米国の大学院も、たくさん受けて、たくさん落ち、かろうじてハーバードが受け入れてくれたので良かったのですが、学費や生活費は数百万円かかると聞いていましたから、留学をサポートしてくれる資金集めも重要でした。海外留学助成金はいくつかありますが、そのうち5つに応募し、唯一合格できたのが聖ルカ・ライフサイエンス研究所でした。ほかには外務省、世界銀行の助成金が有名です。たくさん失敗しても、どこか一つに拾ってもらえればいい、というたくましさは、この、何度も落ちた経験から身に付きました。
Thomas Alva Edisonも、こう言っています。
私自身、たくさん失敗しましたし、何度も落ち込みましたが、チャレンジし続けたことでいつかは欲しいものが手に入る、という揺るぎない信念を得ることができました。
ハーバード入学後に学んだのは「学ぶための学び方」、学問以外の「生きる力」です。私は日本でキャリア形成のための技術を学ぶ機会がなかったため、キャリアのための受援力、学生の強みを自覚すること、自分が持っているリソースを明確にし、活用することについて、この時に大学院で教えてもらえて良かったと思っています。
ハーバードに入学する非英語圏の留学生には、大学院の学期が始まる前にProfessional Communication Seminar(以下、PCS)への参加が勧められており、ここでは米国の大学院ではどのように学ぶか、ということについて3週間にわたってみっちり学び、私にとっては目から鱗が落ちるような経験となりました。
このPCSでは、書くこと、読むこと、吟味しながら考え、まとめること、速いスピードで話し、授業だけでなくインフォーマルな場での意見交換を通じて学ぶこと、プレゼンテーション・スキル、みんなの前で話し、ディスカッションをリードする技術と自信、インタラクティブで議論の多い授業に参加し、自分の意見を話すこと、交渉すること、課題を解決すること、などを学ぶことが目標とされていますが、それだけではありません。毎日の課題が多く、死ぬほど勉強しなければならない学生生活において、どのようにバランスを取るのか、スキム・リーディング(要点だけをさっと読むコツ)やタイム・マネジメントについても学ぶ機会があったのです。
私が印象的だったのは、ハーバード・ビジネス・スクールでも使われているケース・メソッド(一つの具体例を取り上げて学ぶ方法)です。日本人学生が米国の大学院の授業にどのように参加するかというテーマを通じて、社会、文化、語学の視点から、「自分一人で学ぶのか」「自分一人で勉強をしなければいけないのか」について学びます。ここで出てくる「Kho Tanaka」君という日本人が米国の大学院で苦境に陥る様子は典型的な留学生のパターンであり、言葉の壁よりも、学ぶ姿勢や方法が大切なのだ、ということを学びました(出典:『Teaching and the Case Method: Text, Cases, and Readings』Harvard Business Review Press; Third Edition edition(August 1, 1994))。アジア流の、個人でコツコツ勉強し、良い点を取るという方法は、過度の負担のかかる大学院生活ではご法度で、仲間と一緒に切磋琢磨し助け合いながら良い点を取ることが奨励されていたのでした。他人のアイディアや助けを借り、コラボレーションしてより良いものを作り上げたチームが勝つという考え方や、タイム・マネジメントや助けを借りる方法、お互いに心地よく感じるような交渉術、人とコラボレーションして学ぶ姿勢、行きづまらないためのコツについて参加型、体験型の授業を通して、理解を深めていくという授業スタイルは新鮮であり、とても疲れるものではありながらも、発見と驚きに満ちていたのを覚えています。
PCSでは、ほかに、
について学びます。同級生と、より深い関係を作りながら、お互いの違いによって摩擦を起こして消耗するのではなく、違いを活かし切磋琢磨して学び合っていくのです。
私はそれまで、コラボレーションして新しいものを産みだす意義について、ほとんど学んだことがありませんでした。日本では医療分野の技術職として働いていましたから、どうしても自分の専門性を研ぎすますことが第一だと考えがちでしたが、専門領域やお互いの経験を共有し、化学反応を起こして新しいものを生み出すこと、お互いの経験の中から適宜エッセンスを抽出して全体と共有し、知恵として活かすこと、色々な経験/知識に横穴をあけて、誰にでもあてはまるものを見つけるという創造的な作業は、大変楽しいものでした。流暢な英語を話せるわけではありませんでしたが、皆が留学生で、皆がネイティブでなかったからこそ、間違ってもいいので発言しよう、と思える環境があったのも良かったと思います。同級生が発言するのを聞いて、「全くよく分からない英語だけれど、意見を言ったもの勝ちなんだ!」と驚いたことも一度や二度ではありません。インドや中国から来ている同級生が、自信満々に、とんちんかんなことを言っていることもありましたが、「正しいことを言う」ことが大事なのではなく、「議論の場に違う意見を出す」ことの方が価値があるのです。個人の経験や知識が、ほかの人の体験や知識と混じった時により良いものに変化していく、その過程を実際に体験することで、クラスに参加している一員としての満足感を味わいました。
また、健康に関する学問について学ぶために入った公衆衛生大学院で、その大学院に付属したPCSというコースでしたが、そこでは、保健や医療、健康に限ったトピックだけが扱われていたのではありません。Peter Druckerのビジネス教材を用いて優先順位付けや、時間の使い方の棚卸をすること、時間の使い方に関する自分の価値観を問い直すことを学んだり、完璧主義は捨てた方が良いこと、心身の健康も大事にすること、現実主義者になって締切および一つの作業にかかる時間を設定することなど、人生全般にわたって有用なスキルに関しても学びました。やることリストを書き出して計画を立てることは、誰でもしていますが、その課題にはどのくらいの時間が必要なのか?見通しを立てて計画を組み合わせること、調整するために余裕を持たせること、など、現実的なタイム・マネジメントを学びましたし、本質を見抜くクセをつけ、本当に優先すべきことなのか考えたり、単なるTo Doリストではなく、優先順位を加味した予定表作りを心がけることなど、反省させられることもありました。大学院入学までの私は、時間がない、と言いながらも、貴重な時間をメールなどに浪費してしまうことがありました。コミュニケーションが大好きな私にはメールや友人とのおしゃべりが一番のリフレッシュなのですが、大学院の勉強では、毎日、電話帳二冊分ほどの参考資料を読んだり、英語のレポートをまとめたり、慣れない統計ソフトを使って演習問題を解いたりすることの繰り返しです。大きな負荷がかかったことで、優先順位を付け、締め切りを設定し、誰かにそれを宣言するなど、自分で課題をこなすよう必死で工夫をしました。
当時使用していたハーバード生用のスケジュール手帳には毎週一つずつ格言が載っており、格言や名言が大好きな私には励みになりました。「プレッシャーがあったおかげで、勉強できるんだ」と思うようにしたのも、こんな格言が2008年9月、新学期が始まる週のページに載っていたからです。
本連載の最終回である第6回(9月24日更新)で予定している内容は下記のようなものです。
ハーバードで身に付けた生きる力
これらのスキルをグローバルな社会に生きる方々が自分のものとして「受援力」という生きる力に変え、仕事でもプライベートでも、個人がその能力を発揮して楽しく生きられるようお手伝いをしたいと思っています。