スペシャルインタビュー

英語を活かしグローバルに活躍されている方や話題の企業や団体にインタビュー

株式会社聖護院八ッ橋総本店 専務取締役 鈴鹿可奈子氏インタビュー
  • 鈴鹿可奈子氏
  • 株式会社聖護院八ッ橋総本店
    専務取締役

今回は株式会社聖護院八ッ橋総本店専務取締役の鈴鹿可奈子氏インタビューの後編になります。前編の内容はこちら

“語学を身に付けることや留学は、自分の人生をより楽しく人生の幅を広げてくれる”

英語との関わりを教えてください

鈴鹿氏:
私の母が高校生の時に1年間オーストラリアに留学していまして、そこで英語を学んだことが仕事面だけではなくプライベートでもとても役立っていることから、意識して英語と触れる機会を作ってくれていたと思います。3歳・4歳の頃は、父の友人のアメリカの方がよく遊びに来られて一緒に英語で歌を歌って遊んでいました。小学校に入学してからは、海外の社長会に両親が参加をする時について行きました。海外では大人は大人、子どもは子ども、という考えが普通ですから、大人が勉強している間は、子どもだけのキャンプに参加することになります。また、母がお世話になっていたオーストラリアの方のお宅に一人で寄せていただいたり、アメリカの親戚の家にお邪魔した際に私だけそのまま2週間お世話になるといった形で、英語に触れる機会が多々ありました。
編集部:
何百年続いている歴史ある老舗でありながら、子育てについてはかなりアメリカ的な感覚だと思います。英語を勉強しようというのではなく、英語がいつも身近にあったという印象ですね。
鈴鹿氏:
そうですね。小学校の時から英語の授業がある学校に通っていたのですが、会話の授業が主で、試験も口頭で行うものでした。中学高校の英語の授業でもネイティブの先生と話すことや英語で意思疎通をする授業が中心だったので、会話をしはじめてから文法は学びました。文法を習った時には「文法がわかるとこんなに話すのがラクなんだ」と思いました。
編集部:
小さい頃から会話主体で英語に触れてこられたわけですが、そうやって学ばれてきた英語と、大学入試で問われる内容では違和感があったのではないでしょうか。
鈴鹿氏:
センター試験の勉強では細かい決まり事項などを覚えるのが確かに大変だった印象はありますが、違和感はありませんでした。逆に受験勉強をしたことによって、今まで学んだ内容が整理され、会話もスムーズに出来るようになり、文章も書きやすくなりました。大学入学後に、ボストンにある語学学校に行ったのですが、授業の一環としてTOEFLテストの論文を書くWritingの授業がありました。大学入試で単語や表現を覚えていたおかげで、書く幅が広がりました。

『nikiniki』
▲ 聖護院八ッ橋総本店にて

編集部:
留学に行ってどのような体験をされましたか。
鈴鹿氏:
大学1年生の時に初めて語学学校に行ったときは、かなりの衝撃を受けました。いろんな国の方々がいて、皆さん自分の国のことを話してくださるんですが、自国にとても誇りを持っていらっしゃいました。日本では政治的な話を深く話し合ったりする機会はなかったので、そういった議論は新鮮でした。カリフォルニア大学の授業では、発言しないとその場にいないことにされてしまいます。授業もグループワークが多く、どんどん自分たちで発信していくものなので、常に話を聞きながら質問事項を考えたり自分の意見をまとめる習慣がついていきました。また、滞在中色々な経験をしたくてサンディエゴの街を調べていた時に、「そういえば京都のことをそこまで真剣に調べたことがないな」ということにふと気づき、留学から帰ってきてから京都にもっと興味を持ち、歩き回るようになったことは大きいと思います。
編集部:
カリフォルニア大学で経営学を学んだことは、社会に出られてどのような意味、あるいは価値がありましたか。
鈴鹿氏:
まず現地の大学生の勉強姿勢に関して言うと、自分で勉強していかなければいけないということを学びました。京都大学のゼミでは先生が海外で勉強されていたこともあり、両方を通じて学んだことですが、与えられた課題をこなすだけでは成り立たず、常に自分で学ぶべきことを見つけていく。この「興味があるのは何か」ということを探して見つけて自主的に勉強する姿勢や積極性は、社会人になってからも役立っています。経営学として学んだことについては、使えるものも使えないものもありますので、自分の中で選別しています。ただ何をしていても思うのが、まずその知識がなければ使える/使えないということの判断もできないということ。海外で学んだことは全て、今の仕事のベースになっていると思います。
 
また、当初の予定では卒業後そのまま入社するはずだったのですが、当時父がすぐに自分の家の会社に入社するより、外部の会社で社会経験を積んだほうがいいと判断しまして、別の会社で働くことになりました。総務部に配属になりましたが、総務というところはいわゆる雑用が多いんですね。最初は退屈だなと思うことがありましたが、雑用と見える仕事も会社の機能としてなくてはならないものであるということを、当時の部長さんがとても丁寧に教えてくださいました。そのおかげで、今も「会社の仕事に無駄な仕事はない」という、当たり前のことをきちんと理解できています。また、採用担当の仕事もありましたが、会社説明会などプレゼンする機会が多く、最後には説明会を全て自分でプログラムし、パワーポイント資料をつくり、進行するということもさせていただきました。

『nikiniki』
▲ 聖護院八ッ橋総本店

TOEFLテストに関してのお考えをお聞かせください

鈴鹿氏:
私はTOEFLテストのWritingが、自分で考えて書けるのが楽しく好きなのです。「この話題で何を書こうかな」と、ワクワクします。そういう楽しめる試験が増えていったら良いと思います。

TOEFL Web Magazineの読者にメッセージをお願いします

鈴鹿氏:
留学で得るものは実際行ってみないとわからないことが多いと思います。まずは行ってみる。体験した人じゃないと見えないことがありますし、確実に世界が広がります。英語に不安があっても、機会があったら、勉強した方がその後のすそ野の広がり方が違ってくると思います。経済的な面や仕事の都合もあるかと思いますが、TOEFLテストの勉強や論文なども、日本で勉強している時よりも、留学していた時の方がスラスラ書けましたし、私にとって環境はとても大事でした。特にこれからはグローバル化が進む中で、海外の方と接する機会は増えるというかどこかで必ず接点があるでしょうし、コミュニケーションができると面白さや楽しさというものが違ってくるのではないでしょうか。元々私も高校生の時は友達と遊んでいたい時期に、両親に語学留学を勧められ、行くことになりましたが、結果的にとても楽しかった。機会があったら行ってみる。ビジネスのためとか、出世のためではなくて、自分の人生をより楽しく人生の幅を広げるためになっていると思います。現在、私は年上の方々と一緒に海外出張に行くことが多いですが、ほとんどの方が、「英語が話せたらもっと楽しいのに」とおっしゃっています。当時と時代が違い、今は英語を学ぶ間口はずいぶん広がっていますから、そういった後悔のないことが一番だと思います。

また、海外に出張に行くときは、英語だけでなくその国の言葉で、「こんにちは」「ありがとう」など挨拶は絶対に覚えて、コミュニケーションを現地の言葉でとるようにしています。それだけで話す内容も距離感もぐっと変わります。その後の細かいやりとりは英語になってしまいますが、まずは訪れた国をリスペクトしている気持ちを伝えることができるので言葉の力は大きいと思います。

株式会社聖護院八ッ橋総本店 専務取締役 鈴鹿可奈子氏インタビュー
▲ 聖護院八ッ橋総本店にて

 

株式会社聖護院八ッ橋総本店 専務取締役 鈴鹿可奈子氏インタビュー
  • 鈴鹿可奈子氏 プロフィール
  • 京都市生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業、在学中カリフォルニア大学サンディ エゴ校エクステンションにてPre-MBA取得。卒業後、信用調査会社勤務を経て、2006年聖護院八ッ橋総本店入社。「守るべきことを守ること、続けていくことが大事」という父・鈴鹿且久社長のもと、長い歴史と伝統の味を守り受け継ぎながらも、新しい商品づくりに日々努めている。2011年には新しい形で八ッ橋を提供する新ブランド「nikiniki(ニキニキ)」を立ち上げた。現在、専務取締役。
  • 株式会社聖護院八ッ橋総本店
  • 創業元禄二年(1689年)。黒谷の金戒光明寺に葬られた、近世筝曲の開祖と称えられる八橋検校を偲び、琴の形に似せた菓子を参道である聖護院の地(現在の本店)にて売り出して以来、八ッ橋の製造販売を続ける。
    以来、生八ッ橋、餡入り生八ッ橋「聖」など商品も多様化し、京都のお土産物として親しまれるようになる。
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