今回は畑野尊一登さんの留学経験者インタビューの後編になります。前編の内容はこちら
“「合格してからお金のことを考えよう」と無理やり楽観的になって努力していなければ、このようなご縁や幸運をつかむことができなかった”
各学期が2つに分かれている「クオーター制」で、夏学期は約3週間、秋学期・春学期は約8週間で1つの科目を修了します。
各科目が2.5単位で卒業要件単位が45ですから、たくさんのクラスを履修することになりました。
そのため進度が早く「詰め込み感」が否めません。最優秀層のアメリカ人学生たち(同級生の大半が若手~中堅の医師)ですら苦しいと愚痴を漏らすほどのスピードで進んでいきました。
全専攻で共通のプログラムでは、生物統計学と疫学、国際保健学を学びました。日本語で聞いても理解しにくいであろう内容についていくのは、大変辛かったです。しかし根性で食らいつきました。
日々大量の宿題をこなすだけで四苦八苦なのですが、さらにクラス内のグループディスカッションで議論し、未来のリーダーたちと切磋琢磨するのは苦しくも大いにやりがいがありました。大いに刺激を受けましたし、創意工夫の結果グループに貢献した時は心の中でガッツポーズをしていました。
所属するHealth Management(ヘルスケア業界のマネジメント)専攻のクラスでは、経営戦略、組織行動学、会計学、財務管理、マーケティング、起業、交渉学、イノベーション、リーダーシップ、ソーシャルデザインetc…いわゆるMBAで学ぶ科目を全て学びます。MBAと異なるのは、題材がほぼ全てヘルスケアに特化した内容である点です。ケースメソッド・講義・グループディスカッションを組み合わせた教授法で、病院、行政組織、製薬会社、非営利団体、ヘルスケアスタートアップ、講師が実際に起業したケースなど、幅広い経営判断の事例が扱われました。一方的なレクチャーに終始するクラスは一つもなく、グループディスカッションを通じ自分の頭で考え、クラスメートから学ぶ工夫が凝らされていました。「相手の話を聞いているだけで、自分の話ができなかったな」という時もあれば、これはよく発言できた!と手応えを感じる時と両方ありました。
あるクラス(ヘルスケア起業)では、実際に8社のヘルスケアスタートアップを起業した経験があるだけでなく、医療情報を提供する民間企業でCEOの経験もある先生が自身の経験談を交えてレクチャーをし、学生は数週間かけて仮想スタートアップのチームを組み、最終クラスでは現役の投資家たち相手に10分間のピッチ(プレゼンテーション、3分間のビデオプレゼンテーション込み)を行い、最後に彼らからフィードバックをもらう…という経験をしました。
▲ 起業クラスのプレゼン資料から抜粋(仮想スタートアップのチームメンバー紹介)
知識を深めたことは意義深いと感じます。しかし振り返ると、日本で書籍を読んだ方がずっと効率的に学べます。クラスの内容をどれほどやっても、たいてい新書1冊分相当、よくて基本テキスト1冊分の知識です。
それより大事なのは、世界中からハーバード大学に集まるリーダーやリーダー予備軍たち(平均年齢31歳)との出会いや切磋琢磨した経験、彼らと馬鹿話をしたり遊んだりした体験なのではないかと愚考します。
▲ 起業サークルで私のアイデアについて司会役の学生(医師・起業経験あり)が
議論をファシリテートしている様子
▲ グループワークのチーム、クラスの集合写真
1年間の職歴が大きな意味を持ちうる若手ないし中堅社員の時期に、1年~2年の機会損失を負い、支給型奨学金獲得の有無に関係なく、年間1,000万円を費やしてフルタイムで学ぶほどの価値があるかどうか決めるのは、やはり、その人の価値観や努力次第だと、あらためて思う次第です。
というのも、私より職歴が僅かに上の優秀な先輩社員が、ある途上国の現地法人社長に若くして就任したことを知り、感銘を受けたためです。
課外活動では、大学院内で最も歴史のあるジャパンクラブのプレジデントに立候補し、文化交流イベントへの参加やジャパントリップ企画、募金活動など意欲的に取り組みました。在ボストン総領事館と初めてコラボレーションをさせていただき、総領事によるハーバード生への講演会や、同館でのジャパントリップ壮行会が実現しました。日本のスギ花粉とその影響について詳しく知りたいハーバード大学デザインスクールの学生から問合せを受けて日本の医師を紹介したり、日本で就職したいハーバード生にインターン先を紹介したり、毎月のように複数の日本人から同大学院への留学相談を受けたりするなど、思いがけずボランティアをする場面も数多くありました。
▲ ジャパンクラブの学友と
日本にいたら絶対に出会えない方々と同級生・学友として学んだことが、かけがえのない財産となりました。(友人だけでなく、34歳独身にして久しぶりに気になる異性(外国人)もできました。)
MPHの同級生は世界60カ国以上から集まり、平均年齢は31歳。バックグラウンドは多種多様で、驚きの連続でした。パブリックヘルス(公衆衛生学)の学際性から医師(専門分野も多様)だけでなく薬剤師、弁護士、製薬企業出身者、戦略コンサルタント、アメリカの医学部生(MPH 取得のため休学、アメリカでは一般的)、政治家志望、起業を志す人、病院経営や医療保険支払のコンサルティングを志す人、海外・日本の官僚、JICA職員、「国境なき医師団」をはじめとする非営利組織・NGO団体で働く医師や非医療従事者などなどです。
他に驚いたのは既に修士号を1~2つ、さらには博士号を取得済みの人が珍しくない点です。医学博士も多くいますし、中にはオクスフォード大の博士号取得済みの中国人や、東大の総合法政で博士号を取得した日本人が2人いました。日本の制度と異なり、アメリカの医学部は大学院ですから、私のように学士号しか持っていない人はMPH全体で少数派だったのです。
政財界に多くのOBを持つ「ボーゲル塾」に参加したことも有意義でした。『ジャパンアズナンバーワン』はじめ多くの著作を持つエズラ・ボーゲル先生(ハーバード大学名誉教授)が主宰する日本人向け勉強会で、ボストン在住の日本人や学生、社会人学生たちと社会問題について議論をし、大いに刺激を受けました。
テーマ毎の分科会に分かれており、事前勉強会と本番勉強会の2本立てです。
学生から若手社会人、大学教授まで多種多様な日本人(一部、アメリカ人や中国人も)が集まり侃侃諤諤の議論を交わしました。
自分が述べた意見に対して、東大理3合格を辞退してMITで物理を学ぶ学生さんに突っ込まれて怯むこともあれば、ある大学院の博士課程の方に同意してもらえてホッとすることなどありました。
自分のグループが発表を担当する際は、東大全体より大きな予算を持つ世界最大規模の糖尿病センターで研究を行う医師の方々や省庁からの派遣で来ている官僚の方々、ボストンでアメリカ人学生に講師をしている日本人の方、ポスドクでハーバード大学で学んでいる方などと、メンバーの誕生日会をしつつ、リラックスしたムードで発表資料作りに勤しむこともありました。
▲ ボーゲル塾サステイナビリティ分科会の皆様とボーゲル先生(下段中央)
「曇りなき眼で見定め、決める」という言葉があります。
努力が報われた結果、強く憧れていた大学院で学際的な学問パブリックヘルスを学ぶことで、これまで気づかないことに気づき、見えないものが見えるようになりました。
ロータリー財団グローバル補助金(後述)受給という幸運に恵まれてハーバード大学に学んだことは大きな自信になりました。自分の人生でこのような幸運が待っているとは露ほども考えたことがありませんでした。ロータリークラブ様にひたすら感謝・感謝の思いでいっぱいです。
これまでよりずっと多く、他人や環境への感謝をするようになりました。恩返しのためにも、仕事を通じて人様の役に立ちたいという想いをいっそう強めました。
私の所属するHealth Management(ヘルスケア業界の経営)専攻の同級生は病院経営や医療保険支払に特化したコンサルティング会社、大病院の経営職ポジション、ヘルスケアに特化した投資会社、マッキンゼーをはじめとする戦略コンサルティングに転職ないし復職する人が大半でした。アメリカの医学部を休学して来ていた医学部生たちは復学していきました。
そんな中、私は休職中のオムロンヘルスケアに復職し、すぐには無理でも、将来的には事業開発だけでなく産学官連携の取り組みも推し進める人材となることで、日本のみならず特に発展途上国の人々の健康にも貢献する成果を挙げたいと考えています。
冬休み中にJICAタイ事務所(バンコク)においてフルタイムのインターンをし、卒業研究に取り組んだ際、タイ人の死亡原因上位2つが高血圧であるにも関わらず、調査のサンプル数は十分ではないものの、予防意識が著しく低いことが分かりました。
こういったことから、家庭用血圧計で最大シェアを持つオムロンが期待されている役割の大きさを実感した次第です。
▲ JICAタイの支援で設立されたタイ国マヒドン大学アセアン保健開発研究所に訪問
留学に情熱を感じている方は絶対に諦めず、どうか自分を信じて努力を続けてください。特にお金のことで諦めないでください。
留学準備は長く孤独な闘いです。「留学資金のアテがないけどハーバード大学院に留学したい」ことは、合格するまで誰にも打ち明けませんでした。
合格した後でどうにもできない場合は、留学を1年延期(Deferral)したっていいのです。その間に入学許可証を片手に給付型奨学金に片っ端から応募すればよいと思います。そうやって1年後に資金調達した方を複数名知っています。どの奨学金にも引っかからず力尽きたとしたら、そこで初めて悔いなく留学を諦められるというものです。
「ある時から『合格してからお金のことは考える』と強く方針転換」(前述)と書きました。私は自己投資に余念がなく、そうした追加の出費により銀行から少額でない借金すらしていたのです。それなのに留学をしたいって、経済観念がおかしいと思われるかもしれません。
ハーバード大学から合格通知を受け取り喜んだ反面、資金のあてがないかもしれず、怖くなったことを思い出します。
必死に片っ端から奨学金に応募する中で、勤務先の三重県松阪市にある松阪ロータリークラブ様に問合せをした結果、ありがたいことに面接を実施いただき、その後同クラブの推薦を受けて所轄の2630地区で面接、その後シカゴにある国際ロータリー財団本部での最終審査へと進めていただけるという、思いがけないご縁・僥倖がありました。
とはいえ、最終審査の結果、希望額から大幅に減額された事例が少なくなく、まだまだ安心はできませんとの注意を受けており、最後まで心休まりませんでした。
支給金額次第では途中での帰国も覚悟し、心落ち着かぬまま渡米した次第です。
そして現地ボストンで結果と具体的な金額をメールで知らされました。結果、学費と生活費向けに合わせて63,000米ドル(希望と同額の約700万円)を支給していただくという、素晴らしい良縁、幸運に恵まれました。
「感謝してもしきれません」とお礼を伝えると、派遣元の松阪ロータリークラブ様および受入先のイプスウィッチロータリークラブ様の担当者は喜んでくださり、口を揃えて「『Pay Forward(*1)』だと思っています。どうか重くとらえず、世界や次世代のために役立つことをしてください」と言ってくださりました。
さらに、私の留学開始に呼応するかのように、勤務先のオムロンで「高額外部学習講座受講支援金」制度が始まりました。結果、会社から認可を受けた上で一定金額の支援を受ける僥倖がありました。
のみならず、ハーバード大学院を卒業する頃には実家の家業の経済状態が良くなるという僥倖が続き、両親から経済的支援することは吝かではないと告げられました。結果、現在「世界一の公立大学」UCバークレー大学院の行政学修士課程(MPA,1年制)で、さらにもう1年間学ばせてもらっています。
誰にもこのような良縁やラッキーが起こるとは絶対に言えません。
しかし、「合格してからお金のことを考えよう」と無理やり楽観的になって努力していなければ、このようなご縁や幸運をつかむことがそもそもできなかった、という自負があります。
「天は自ら助かる者を助く」(神は自分自身で努力する人に手を差しのべる)という名言や、「人が本当に何かを望む時、全宇宙が協力して、夢を実現するのを助ける」(パウロ・コエーリョ著『アルケミスト』から)という言葉に共感します。
どうか留学したい方は合格するまで、長い間孤独に耐えながら、強い気持ちで臨んでほしいと願って止みません。(健康の方が大事なので無理はしないでください)
繰り返しますが、前述の通り、もともと私は英語の成績が悪く、中学の時に英語の成績のことで三者面談を受けました。高校2年の時に英検準2級に2回落ち、TOEFL ITP®テスト347(全受験者の下位1%!)(*2)を取った私でも、努力した結果、世界一の私立大学ハーバード大学と世界一の公立大学UCバークレーに入学することができました。どうか諦めないでください。
▲ 帽子を投げる前(卒業式、ジャパンクラブの学友と)
▲ 帽子を投げた後(卒業式)
▲ UCバークレーMPAの集合写真、セイザーゲート前で
▲ 卒業式ではドイツのメルケル首相が「無知や偏狭の壁を壊そう」と力強く訴え、
メキシコ国境に壁を築こうとするトランプ大統領を暗に批判。喝采を浴びました。私も感動しました。
(*1)ある人物から受けた親切を、また別の人物への新しい親切で繋いでいくことを意味する英語
(*2)出典元:Test and Score Data Summary for the TOEFL ITP® Test January–December 2018 Test Data