この時期、各大学は新入生で溢れていることでしょう。大きな希望を抱きながらも、不安にも駆られます。ここまでは大学入試という大きな目標に向けてひたすら邁進する日々を送って来ましたが、それが達成されるや一種の虚脱感に襲われるかもしれません。とりわけ入試の必須科目であり配点も高い英語に対して、そのような気持ちを持つ事が多いように感じられます。受験時にピークになるように日々の精進を重ねて入試を突破してきたのに、入学と同時に次の目標を立てられずに、積み上げてきた英語力がどんどん落ちて行くことへの焦燥感に駆られます。そうした虚脱感を抱えたまま、大学生活を終えてしまうことがないように、英語を学ぶ本来の目標に立ち返ってみることです。
受験英語は入学試験を突破することを目標にします。残念ながら、英語の入試問題は、コミュニケーションに役立つ英語とは異質のものです。ですから、受験英語を極めたところで、英語でコミュニケーションができることにはなりません。この点において、受験英語は50年以上も前の筆者らの時代と本質的に変わっていません。筆者らの高校時代には山崎貞著『新自修英文典』と『新々英文解釈研究』の2冊が受験英語のバイブルでした。筆者自身も表紙がちぎれるほど勉強したものです。大学入学後は学部と大学院で英(米)文学を専攻し、英米文学作品の原書200冊余を読みました。読んだといっても受験勉強の延長でグラマー・トランスレーション(訳読)をしたに過ぎません。英語を話さずじまいでしたから、卒業後すぐに渡米しても着いたその日に食べ物の注文もできず立ち往生でした。筆者の「タケミツ」英語では、真剣勝負で太刀打ちできなかったのです。そのままアメリカに残ることに決めました。(*1 )
受験英語には、リスニング、穴埋め、正誤問題、並び替え、英文読解(英文和訳も含む)、英作文(和文英訳も含む)等があります。いずれも受信型、受け身型の活動です。リスニングのように誰かが英語で言ったこと、読解のように誰かが英語で書いたものを解釈するだけです。通常のコミュニケーションでは聞いたり読んだりするだけではなく、自分でも言ったり書いたりしなければなりません。「聞く」、「読む」の受信活動と「話す」、「書く」の発信活動は連動しています。話したり書いたりするために聞いたり読んだりし、逆に、聞いたり読んだりするために話したり書いたりする状況もあります。受信活動である「聞く」と「読む」の2つのスキルは、発信活動である「話す」と「書く」の2つスキルと連動すると、受け身型ではなく能動的になるはずです。受験英語のリスニングと読解は、聞く事と読む事で終始するので受け身型の域を出ません。
穴埋めと並び替え問題は、通常のコミュニケーションでは起こりえない“スキル”です。学研が出しているニューコースの中3英語と中2英語から簡単な例を挙げます。
“Hello, my name is Jim White. I am ( ) New York, America. Please ( ) me Jim. Everything here is new to me. I’m excited.”
[goes, bus, does, which, to , Naka Station]?(不要な語一つあり)
最初の穴埋め問題のカッコには“from”と“call”を入れれば正解です。2つ目の並び替え問題の正解は“Which bus goes to Naka Station?”です。高校生や大学生なら簡単に出来る問題です。しかし、実際のコミュニケーションの場で、これらの問題の元になる全文を言ったり、書いたりするのは容易ではありません。聞いても分からないという人も多いでしょう。一部が除かれた文を埋め、バラバラに解体された文を並び替えることはできても、英語でコミュニケーションすることができないのはこの辺りに原因があります。出題方法は変わっても受験英語の実態は変わっていません。
筆者は、最近、首都圏にある有名大学の大学院生が英語で自己紹介さえできない場面に遭遇しました。自己紹介くらいは中学1年生で習った文法語彙が使えれば十分できるはずです。聞けば、英語で話した経験は皆無であったというのです。彼らも高度の文法・語彙・表現の穴埋め問題や並び替え問題はできるでしょう。塾で英語を教えるアルバイトをする人さえいましたから。ではどうすれば良いのでしょう?受験英語は全くのムダであったのでしょうか?否です。むしろ、ムダに終わらせないために、受験英語を実際のコミュニケーションに使ってみればよいのです。一番良い方法は、自分が関心を持っている事柄を徹底的に調べて発信してみることです。趣味でもクラブ活動でも授業の事でも何でもOKです。例えば、ヒップ・ホップが好きなら、インターネットで“2014” “hip hop” “best 150”など打ち込むと無数の英語サイトが出て来ます。自分も作詞、作曲しているなら自己責任で自分の曲を英語で説明してYouTubeなどで紹介してみましょう。中学校3年間で習った英語の構文で十分です。もう一度おさらいしながら発信してみれば、丸暗記とちがってしっかり身に付きます。まず、こうした日頃考えている身近な情報を交換することから始めましょう。次回は、どのようにしたらよいか、筆者がこれまで教えて来た経験を交えてお話しします。
立命館大学生命科学部・薬学部英語ポスター・セッション(2014年1月8日)