For Lifelong English

慶應義塾大学鈴木佑治先生
  • 右:慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生
      Yuji Suzuki, Ph.D.
       Professor Emeritus, Keio University
  • 左:国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部
      事業統括本部長 根本斉

先月号に引き続き、100回記念スペシャル対談の後編になります。前編はこちら

これまでを振り返って ―後編―

根本:
2007年からはインタビュー形式を取り入れますが、その第1回は『For Lifelong English 第1回プロ野球チーム、オリックス・バファローズの通訳に聞く! その1』では、以前私の勤務した団体を通じて知り合った友人のマサチューセッツのエンディコットカレッジでスポーツマネジメントを学ばれた武藤雄太さんとの対談でした。
鈴木先生:
東京ドームで行われたバッファローズと巨人のオープン戦に招かれて試合観戦後にお話しました。英語発信力は言うに及ばず、ビジネス、マネジメント、スポーツ、心理などの知見・体験を有する素晴らしい青年でした。外国人選手と密に交流し、信頼され、様々な事を聞き出して理解した上で気持ちを込めた通訳をされている様子が伝わってきました。2020年の東京オリンピックでは選手村にこのような方が常駐してサポートすればよい文化交流になるでしょうね。
根本:
教育関係者ばかりではないという意味で、2008年の『For Lifelong English 第8回英語で落語!?噺家 林家染太さんに聞く!その1』で、噺家の林家染太さんにも楽しいお話を伺いました。
鈴木先生:
あれから8年、最近では落語や漫才を聞きに日本に来る外国人が増えてきました。海外に赴き落語を英語で実演した染太さんらの地道な努力のお陰でしょう。私も落語が大好きで、小学生の頃5代目古今亭志ん生師匠や4代目三遊亭金馬師匠の高座をラジオで聞き落語にはまりました。そんな私ですから米国滞在中にはアメリカのコメディーにもはまってしまいました。落語に近かったからでしょう。当時人気絶頂であったアフリカ系アメリカ人のコメディアンのFlip Wilson(1933-1998)やBill Cosby(1937-)などのコメディアンは、生まれ育ったコミュニティーの日常を面白おかしく語り、江戸の長屋で繰り広げられる古典落語の世界を彷彿させました。Dick Gregory(1932-)や George Carlin(1937-2008)やRichard Pryor(1940-2005)らも流行っていました。
根本:
2009年の『For Lifelong English 第20回出発点としての幼児英語教育』では、当時はまだそれほど注目されていなかった、「幼児教育における英語」について学校法人平野学園教育企画ディレクター兼キートスガーデン幼稚園・保育園(平野学園幼児教育部)園長の平野宏司先生にお話をお伺いしました。
鈴木先生:
Lifelong Englishの大切な入口です。ここで英語が好きになれば一生持続します。平野先生は、2008年頃、2009年に大垣市に新設する幼稚園の英語プログラムについて相談に来られました。私のWebサイトを見られたのがそのきっかけであったと記憶しています。遊びを通して無理せず自然に物事に触れて学べるような幼稚園を作りたいとのことで、プロジェクト発信型英語プログラムの発想と合致すると感じました。遊びは子どもにとっても大人にとっても大事です。子どもは遊びを通して物事を学びますから、日常生活の基本と言ってよいでしょう。

大垣市郊外の自然豊かな田園地帯に開園した当園は、全園児が思いっきり体を動かせる広さの大ホールを囲むように教室が配置され、コミュニケーションを取りやすい作りになっています。そうした環境の中で地元のコミュニティーと交流しながらオリジナルな活動を開発されてきました。私は開園以来、園児の運動会、収穫祭、クリスマス、発表会、卒園式などのイベントに招かれ、コメントとアドバイスをしております。英語でゲームをしたり歌を歌ったりしますが、園児らの英語を覚えていく速さには驚きです。“Country road” “Close to you” クリスマス・ソングの“What a child is this?”“We wish you a Merry Christmas”など、大人でも難しそうな歌を短期間に覚えて見事に歌いあげます。運動会の種目の一つに英語で答えて旅行するゲームがありましたが、税関で聞かれる “What is your name?”“Where are you going?”“What are you going to do?”などの質問にすらすら答えていました。

園の周りに広がる自然には農作物、木々、草花、鳥や小動物が生息します。園児たちは普段それらに触れながら色んな活動をしています。銀杏、ドングリ、松ぽっくり、椿の実などを集めて作品を作ったり、カマキリやおたまじゃくしを観察したり、その中を歩き、走り、ジャンプして自然を満喫しているようです。日本語で覚えた物事を英語でどう表現するか、独自に開発したハンズオンの英語教材が答えてくれます。中には大学生も知らない表現が数多く含まれていますが、園児たちは殆んど言うことができます。自分が触れて体験する物事ですから自然に学べるのでしょう。(*1)平野先生をはじめ先生方全員が一丸となって励んできたことが実り、開園7年目にして地域に根差した人気の園に成長しました。日本語で行われる通常の活動に英語活動が調和よく組み込まれており、Lifelong Englishの最初に位置する活動として高く評価できると思っています。

慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生
▲ 慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生

根本:
平野先生の内容とも関連しますが、2009年の『For Lifelong English 第23回NHK「えいごであそぼ」の現場を見る!その1』では、NHK「えいごであそぼ」のチーフ・プロデューサー(当時)吉田秀樹さんとの対談でした。
鈴木先生
私は2001年にNHKから依頼を受けて2011年までの約10年間当番組の英語監修をしておりました。その関係で2009年に当時チ-フ・プロデューサーの任にあった吉田秀樹氏と対談させていただきました。補足すると、最初に私を招いてくれたのは中澤俊哉氏で、その後を松村浩志氏が継ぎ、吉田氏はこの間3人目のチーフ・プロデューサーになります。お三方とも私のSFCの授業を何度も訪れ、その度に英語教育について熱く語り合いました。特に吉田氏は2001年より当番組に関わっており、その分互いに共有できる部分は多かったと思います。

遊びを通して体を動かしながら楽しく英語を身に付けるという、まさしく英語で遊ぶ番組作りです。画面を見る子どもたちが自ずと体を動かし英語を口ずさむよう工夫しました。テレビという媒体は番組を送る側から見る側に情報を流すことで終わってしまうことがあります。そこで一方通行にならぬようできるだけ両方向性を出すにはどうしたらよいか関係者全員でアイディアを出し合いました。幼い子どもはテレビ画面に映る活動が自分の横でリアルタイムに起きていると認識し、それにならって行動します。話を聞いたりアニメや絵本を見たりする場面では聞いたり見たりするだけですが、体を動かし声を出している場面では体も動かし声も出します。

人は五感で感覚情報をインプット(sensory input)し、インプット情報を統合(integration)し、運動アウトプット(motor output)することで物事を身に付けます。ただ見るだけ聞くだけでは限界があります。身体の位置と動きに対しての刺激に筋や腱などがバランスよく反応する能力のことを英語ではproprioceptorと言いますが、幼児期はその能力の基盤を育てる重要な時期です。そこで画面の向こう側で番組を見ている子どもたちが、見て聞いて声を出して、元気に体を動かしながら感情豊かに表現したくなる番組作りにこだわりました。見て聞くだけでは聴覚と視覚は刺激されるものの、その他の感覚は刺激されないのみか、統合過程と運動アウトプットはカットされてしまいます。そうならないように感覚器官と運動器官を活発に機能させることが重要だと考えました。私が英語監修をしていた2001年4月から2011年3月まではこの方針で番組作りが進められたと思います。2011年4月以降の当番組については定かではありません。

これに関連しますが、先ほど述べたキートスガーデン幼稚園(現幼稚園・保育園)が開園した2009年頃のことですが、何人かの園児の保護者から「えいごであそぼう」を見て子どもが英語を話すようになったとの感想をいただき、その能力をどのように伸ばしてあげたら良いか相談を受けたことがあります。それに対して私は、「お子さんを中心に保護者、兄弟姉妹、お爺さんお婆さんみんなでそれを使う環境を作ると良いですよ、大垣には外国人が大勢いますから、日本語、英語、相手の方々の母語と文化を交換する場づくりが最適です」とアドバイスをさせていただきました。園児たちが大人になる頃にはそうした環境が普通になるであろうと予想したからです。

私が最後に当番組の収録に立ち会ったのは東日本大震災が発生した2011年3月11日の午前中でした。吉田氏と話したかったのですが、既に次の方にバトンタッチされていて会うことはできませんでした。収録が終わりNHKセンターを出てJR渋谷駅構内の連絡路に差し掛かったところで東日本大震災が起きました。中澤氏、松村氏、吉田氏と続いた3名のチーフ・プロデューサーの番組作りと準備会議は活気に溢れていました。懐かしい思い出です。当時番組を見ていた子どもたちは高校生や大学生です。
根本:
このインタビューシリーズの中では、多くの著名な先生方にもお話を伺うことができましたが、その中でも、やはり一番印象に残っていますのは、2011年の『For Lifelong English 第42回 嘉悦大学 学長 加藤寛先生に大学改革のお話を聞く その1』で、インタビューさせていただいた慶應義塾大学名誉教授であり当時の嘉悦大学の学長である加藤寛先生のお話でした。
鈴木先生
加藤先生は命を賭して色々な方面の大改革をなされた著名な経済学者です。1990年に慶応義塾大学経済学部から同年創設のSFCに移籍され、初代総合政策学部長に就任されました。同じく経済学部に在籍していた私も声を掛けられSFCに参加することになりました。それから2013年にご逝去されるまでの23年間は加藤先生から色々なことを学びました。

その1つは1991年に遡ります。ある日の休み時間に校庭で加藤先生にばったり出会いました。すると先生は立ち止まり、私に向けて声を絞り出すように言われたのです。「鈴木先生、英語ができない学生の面倒を見てあげてください、できるようにしてあげてください。先生ならそれができます」当時私は準上級レベルと帰国子女が多い上級レベルの英語クラスを担当していたので気づかなかったのですが、英語が苦手な学生達から加藤先生に苦情が寄せられていたのでしょう、先生の単刀直入な言葉には学生思いの先生の優しさがにじみ出ていました。割り当てられたクラスを考えもせずに担当していた自らを恥じ入り、「わかりました」と即答しました。早速2人の同僚に相談して一番下のレベルの学生を対象に“Action, Communication and English”(ACE)と称するプログラムを作り、新たなチャレンジに乗り出しました。(*2)

これらの学生が隠れた宝であることに気づくのにあまり時間は掛かりませんでした。彼らは言葉だけで伝達するのではなくそれ以外の伝達メディアをうまく使ってプレゼンテーションし始めました。本来コミュニケーションのメッセージとメディアは多感覚で、多感覚メディアが補完し合わなければ複雑なメッセージを交換できません。当然と言えばそれまでですが、そのことを意識させ助長してやると、全員が堰を切ったように内容の濃い独創的なプレゼンテーションをするようになりました。彼らのプレゼンテーション風景は英字新聞に取り上げられ、海外にも紹介されました。無気力だった学生に意欲が生まれ、2学期目には英語発信力もぐんと伸びました。これらの学生の何人かが既に述べたようなオンライン環境を整えてくれ、プロジェクト発信型英語プログラムの礎を築いてくれたのです。(*3)

加藤先生と一緒にいると笑いが絶えず、時間があっという間に経ちました。20歳以上も離れた我々に優しく真摯に接してくれた人間味溢れる先生でした。先生の素晴らしいところは、自分が知らないことでも、例えばコンピュータのことなど、若手の教員の話に耳を傾けて吸収し、良いと思えばすぐに環境を整えてくださったことです。良いと判断すると、「私がすべて責任を取ります」と言われ、激励してくれました。大成功を収めたウィリアム・アンド・メアリー大学での夏季研修や交流プロジェクトは加藤先生がいたからこそ実現できた交換プログラムでした。SFC開設時は辛いことや大変なことが多々ありましたが、それらを乗り越えられたのも先生のお陰です。1994年に先生は慶応義塾大学を退職されて千葉商科大学に移られましたが、それ以降も英語教育について意見交換をさせていただきました。本当に光栄に思っております。
根本:
私もお会いして本当に素晴らしい方だと思いました。加藤先生のインタビューの中で、「ノーベル経済学賞はもう出ない」ということをおっしゃっていて、その理由は「経済学者の中で海外に発信できるエコノミストは誰もいないから」ということでしたが、今、日本の現状は本当にその通りになっています。サイエンス系の研究をされた方や医学系でノーベル賞を受賞する方はいても、経済学賞は見当たりません。

事業統括本部長 根本斉
▲ 国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部 事業統括本部長 根本斉

鈴木先生
戦後日本は経済をこれだけ発展させてきたし、実際には経済の分野でもオリジナルなアイディアがたくさん出ていると思いますが、一つには論文を英語で発表できていないことが原因かもしれません。
根本
そうですね。学会で発表されてないと思います。
鈴木先生
学会で発表することはもちろんのこと、英語で論文を書きWeb上でも発表すればよいと思います。私の知り合いのアメリカの脳神経研究者はそうしていました。学会で論文を発表し学会誌に掲載される頃には、たとえそれが電子媒体であったとしても、データが古くなってしまうというのです。アメリカでは先生だけではなく学部生も大学院生もそうしています。日本でも海外の大学と共同研究などがよいのではないかと思います。オンラインで繋げれば、複数の研究室の学生間でpapersを書きプレゼンテーションする機会が増えます。それをWeb上で掲載すればよいのです。私もSFCに在籍した18年間、海外との共同研究を率先して行い、多くの学生がそうした交流の場を持てるようにしました。その後に着任した立命館大学でも、新設学部の生命科学と薬学部での在任中の6年間はそうした海外交流の場づくりにこだわりました。学部生全員がそれぞれ生命科学または薬学に関するテーマにつき英語でacademic paperを書き、ポスター・プレゼンテーションをし、その模様をインターネットで流しました。(*4)その後も続けているとすれば、今では海外の学術学会に論文を出す人材が続出しているはずです。

こうした取り組みも、SFC時代の加藤寛先生や立命館大学に私を招いてくれた谷口吉弘先生(立命館大学総長特別補佐2008年新設生命科学部初代学部長)のような指導者の理解があったが故にできたものと思っています。他にも色々と打つ手はあるでしょう。とにかく、小学校から大学まで少なくとも10年以上英語を勉強して論文を書けないという、加藤先生が嘆かれた惨状を食い止めるべきです。
根本
先ほどもお話しに出てきました2012年の『For Lifelong English 第49回グローバル化の共通基盤となる英語とインターネット、そしてクラウドについて その1』では、慶應義塾大学環境情報学部長兼同大学環境情報学部教授の村井純先生との対談でした。
鈴木先生
村井先生はインターネットを日本に入れたインターネットの父とも称される人です。もちろん1990年に光ファイバーをSFC全体に敷いてインターネットを導入したのも村井先生です。村井先生の素晴らしいところは私たち文系の教員たちにもユビキタス環境を整備してくれたことです。1990年のことです。私達はそれがあったからこそ後に続くコンテンツ・ディベロップメントができたのです。考え方が前向きでオープンなところは加藤先生と似ています。

当時、村井先生らのWIDEプロジェクトに接した時、私のような門外漢でさえ、やがてインターネットで自由に情報交換をする時代が到来するだろうと予測できました。(*5)あれから25年以上経った現在では様々な事情で大学に行けなくてもオンライン授業で学べる環境が整ってきました。例えば、アフリカの狩猟採集民族の人たちの中には携帯を使い狩りをするかたわら、遠くアメリカの大学が配信するオンライン授業にアクセスしている人たちもいるようです。そのような教育の機会に乏しい場所であってもインターネットにアクセスすれば教育を受けられる時代が到来しました。

今は殆どのオンライン授業が英語で配信されていることから、このままでは英語オンリーになってしまうと危惧する向きもあろうかと思います。しかし、書き言葉がなくて消えつつある言語にとっては保全のチャンスかもしれません。私自身「現地の言葉を使い、少なくとも初等教育をオンラインで受けられるようにしよう」というプロジェクトを考えたことがあります。様々な言葉で教育を受けられるようにできたらどんなに素晴らしいことかと思ったからです。書き言葉がなくとも、ICTの音声と映像を使えば表現できます。プレゼンテーションもできます。インターネットを使えば恵まれない地域の教育の機会を増やすことができます。インターネットを良いことに使えば無限の才能が掘り起こせるでしょう。残念ながら2008年にSFCを定年退職したので、その計画は途絶えてしまいました。

慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生

根本
ここまで節目になる記事や対談を振り返ってお話をお聞きしてきましたが、今後の英語教育についての鈴木先生のお考えをお聞かせください。
鈴木先生
色々な教育に対する制度が成り立たなくなってきていると思います。先ほどのマクルーハンの予言ではありませんが、メディアが知とコンテンツを変えつつあります。コンテンツが社会を変えるのではなくメディアが変えることに気づくことです。そうしたメディアの変革で教育の在り方は変わっていくでしょう。教育だけではありません。ある特定の場所と時間に人が集まり働いたり学んだりするという従来の在り方は少なくなります。その代りに、いつでもどこでも好きな時間に好きな場所でできるようになるでしょう。

教育をサービスの一種と考えると、一定の時と場所に物理的に人を集めて課金できる従来型のサービス・モデルは陳腐化し、新しい形のサービス・モデルを始めようという挑戦になっていくだろうことは容易に予想できます。教育を含めた多くのサービス業は、そこを見据えてこれからどうするかということを真剣に考える時期に差し掛かりました。

英語教育に限って言えば、日本では中学校や高校や大学に入るための入試英語が目標になってきました。そうすることで肝心の英語発信力が付けばよいのですが現実はその逆です。英語入試を大幅に改革するか、それができなければ、試験の準備をすることで英語発信力も確実に付く試験を採用すべきです。

ICTの普及とともにオンライン化が進み、大学に通うという形態事態が変わっていきます。大学に通うために親のひと財産を使ってしまうような在り方が変わりつつあります。多くの人が大学という空間を飛び越えて好きな時に好きな場所でオンライン上に配信されている授業、各自がキャリア設定に必要と思える授業を受講する時代が来るでしょう。

是非はさておき、それらの授業がその汎用性の高さからグローバル・メガ言語となった英語で配信されるであろうことは避けられません。英語は情報交換に必要不可欠な目標言語(target language)として益々学習されることになることでしょう。それもネット上での学習が主となるでしょう。それに呼応するかのようにネット上では既に多くの無料の英語レッスンが配信されています。3次元画像を安価に使えるようになれば更にインターラクティブに学べる無料レッスンが配信されるようになり、年月をかけても使える英語力を付けることができない授業は終焉するでしょう。すでに英語を話すサービスロボットも開発され、それが一般家庭に普及するようになると英語の先生は要らなくなります。英語はICTとともにグローバル社会の基盤に組み込まれました。ICTが使えるぐらい英語を使えるようになりたいというニーズは、ますます高まるでしょう。

幼稚園児から大学生までのあらゆる層が自身の作品を安心して発表できる場づくりが急務です。書き言葉でも話し言葉でもなんでも構わないし、発信は英語でも日本語でもあるいは混合でも構いません。英語で発表するにはサポートが必要です。まず、学習したものの、スリーピング・モードになったままの英語をブラッシュアップします。先ほど述べたオンライン・レッスンで自学自習すれば十分です。それに並行して、英語を使い情報交換するノウハウを教え、サポートする制度と組織が必要です。当然人材や人件費、開発費を賄う資金が必要になります。人材は豊富です。一線を退いた人の中には英語が堪能な人が大勢います。専門的な知識や技能を持つこうした人々が安心してボランティア・サポートができる組織作りが急務です。私が訪れたメリーランド大学のWriting CenterなどはNational Geographic誌やWashington Post誌を引退した人たちが、外国人学生のwritingやpresentationのカウンセリングをしていました。

専門は違いますが、私の高校時代からの親友の農学者は農学博士号と樹木医の資格をもち、週末はボランティア活動をしています。日本中から樹木に関する様々な相談を受けて環境保全のために忙しくしています。土日に活動するのは現役の人たちの参加を促して後継も育てようと頑張っているためです。地域の小学生らを対象に農業体験をしてもらうプログラムも始めたようです。

最後に、先ほど言いかけた、既存のテストを改革するか他のテストを採用するかという問題に戻ります。私は迷わずに後者を選択します。日本では初等教育、中等教育、高等教育が普及し識字率が高く、国民は高い学力と教養を有します。大学進学志向も強く、英語学習はそれを反映するかのように、大学入試英語が重要な位置を占めます。他の教育レベルが高い国々においても大学への進学志向は強く、呼応して大学入試英語は重要な位置を占めているという点では変わりません。しかしながら大きく違うのは、そのためにどんなに勉強しても、大学で必要とする英語力など夢のまた夢で簡単な日常会話さえできない、こんな惨状を呈しているのは日本だけだということです。アジア諸国の中でも日本の大学生の英語力はかなり低いとの評価が下されています。

これまで何度か大学入試改革の名のもとで新しい試験を開発しようとしてきましたが、このままでは出口が見えずに生徒が犠牲になるだけでないかと危惧する声も上がっています。であるならTOEFL® テストのような長期にわたり夥しい数の研究者が試行錯誤をしながら開発してきた歴史あるテストを利用する方が効率がよいと思うのです。これまでに入試英語の改革に携わってきた優秀な日本の研究者も開発チームに参加させてもらい意見を出して、日本のニーズに合うように調整してもらうほうが良いと考えます。それでも自国で開発するのであれば、TOEFLテストなどに匹敵する世界で通用する英語試験を作るくらいの目標を立てないと、同じことの繰り返しになってしまうかもしれません。作成から実施に至るまでにつぎ込まれる膨大な労力と資金に見合うものにすべきです。

世界中で採用されているTOEFLテストのようなテストを受ければ、受験者が世界における自分の英語力を即座に判断でき、それを指針に学習することができます。インターネットで検索すれば、そのための学習ソフトウエアが無数に存在します。日本人の学生が海外留学するにしても、日本の大学・大学院が留学生を募集するにしても、一番理解されて受け入れやすい英語テストを課すべきでしょう。ちなみに、TOEFLテストなどには、正規テスト以外に小学生、中学生、高校生を対象にしたバージョンもあるので、難しければ、まずそれらに挑戦し、最終的に正規テストに臨めばよいだけです。

これからの若い日本人は否が応でもグローバル社会で生きていかざるをえません。そのグローバル社会ではその汎用性の高さで英語が選択されていくでしょう。その中で日本人も生きていかなければなりません。Google上で広がるグローバル英語の空間は無限の許容量があります。英語にない語彙・表現は他の言語から次々と吸収しています。日本人も参入し、日本文化特有の物事を表現する語彙・表現をどんどんつぎ込んで行くべきです。英語に存在しなければ日常の語彙・表現から学術用語まで遠慮なくつぎ込みましょう。英語はそうした寛容性を持つ言語であるためにグローバル社会のメガ言語になりつつあるのです。英語がグローバル化したら英語テストもグローバル化しなければなりません。国境を越えて開発される英語テストの需要は高まるでしょう。

慶應義塾大学名誉教授 鈴木佑治先生

(2016年11月8日取材)

 

(*1)『Kiitos Rainbow Cards キートスレインボウカード』(2012. 鈴木佑治監修、平野宏司ほか制作。キートスライブラリー)を参照。キートスガーデン幼稚園・保育園の園児がカード遊び感覚で学ぶ450語+252文収録を収録したオリジナル教材。CD付き。小中高大生も知っておくべき表現満載です。
(*2)鈴木佑治、田中茂範、霜崎實の3名で“Action, Communication and English”と称する発信型英語プログラムを立ち上げた。コンセプトの詳細は『コミュニケーションとして英語教育論』(鈴木佑治、田中茂範、霜崎實、吉田研作著、アルク)に記しました。
(*3)詳細については拙著『英語教育のグランド・デザイン:慶応義塾大学SFCの実践と展望』(2003慶応義塾大学出版会)に記しました。
(*4)詳細については、拙著『グローバル社会を生きるための英語授業:立命館大学生命科学部・薬学部プロジェクト発信型英語プログラム』(2012 創英社・三省堂)に記しました。
(*5)“WIDE: Press Release: 村井純、WIDEプロジェクトFounder”(http//:www.wide.ad.jp/news/press/20100319-New Director-j.html)参照。
(*6)TOEFLテストの詳細については本コラムの『第89回 TOEFL iBT® テストに挑戦しよう(1)コミュニケーション・ベースのアカデミック英語の発信力を測定する最先端の英語テスト』を参照してください。大学・大学院レベルの英語4技能をテストします。いずれのセクションでもcritical thinkingなどが試されます。

 

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