英語が好きになれば英語の語彙は自ずと増えます。(*1)それでは英語が好きになるのにはどうすれば良いでしょうか。簡単です。好きなことを英語でやれば良いのです。趣味や部活など好きなことを英語で楽しむこと、“Enjoy things in English!”すなわち“Enjoy English!”これがモットーです。今回は10月9日の体育の日に合わせ、Sports Vocabularyに焦点を当ててみましょう。
筆者自身もスポーツが大好きです。生まれ育った静岡での小中学生の時は、ドッジボール、野球、サッカーに興じ、夏は近くの海で毎日泳ぎました。しかし、中学1年で野球部、3年でバレーボール部に所属したものの、高校や大学でスポーツの部活をした経験はありません。
余談ですが、静岡といえばサッカー王国。同じ中学校のサッカー部には2学年上にMexico City Olympicで活躍した杉山隆一氏がいました。(*2)
スポーツは見るのもするのも大好きでアメリカ留学中はそれが縁で多くの友達ができました。特にベースボールは大好きで、カリフォルニア在住中は、親友のアメリカ人とMajor League Baseball(MLB.)のOakland AthleticsやSan Francisco Giantsの試合をよく見に行きました。
MLBがポストシーズンを迎える頃にはフットボールやバスケットボールのシーズンが始まります。アメリカの大学のキャンパスも全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association.略称NCAA.)主催College FootballやNCAA College Basketballのシーズンを迎えます。どの大学のキャンパスも大変な盛り上がりを見せます。
広いキャンパスには各種スポーツの施設が充実し、一般学生も利用できます。筆者自身も夏にはプールをよく利用しました。芝が敷き詰められた校庭ではフットボールやソフトボールなどをする学生の姿がよく見られました。スポーツを楽しむことは厳しい勉学を乗り越える上で必要不可欠です。
好きこそものの上手なれ、筆者がアメリカ滞在中、好きなスポーツを通して身に付けた英語の語彙・表現は数多くあります。特にベースボールは、上述した通り球場に足を運び観戦しただけではなく、テレビやラジオの実況放送にも夢中になったものです。(*3)また、夏には公園でソフトボールに興じたことを懐かしく思い出します。英語でプレイしたので用語・表現が直に身に付きました。
1978年に日本に帰って大学で英語を教え始めた時、体育会に所属する学生の多くが英語を苦手として避けているように見受けられました。そんな学生たちに、スポーツの世界こそオリンピックや世界大会があり、最も早くに国際化された領域であることを懇々と説き、それぞれが属する種目の用語・表現を英語で言えるようになるところから始めようと勧めたものです。(*4)
2020年にはTokyo Olympicsが開催されます。スポーツに関心がある読者は、これを機に自分が好きなスポーツの用語・表現を調べ、外国からの訪問客と英語で語ってみてはどうでしょうか。(*5)
欧米発祥のスポーツはその用語・表現には英語が使われており、日本語にもカタカナ表記で取り入れられたこと、また、日本発祥の柔道や空手や相撲や剣道など用語・表現の多くは逆にアルファベット表記で英語になっていることが多いことに気づくはずです。
筆者が野球好きなこと、地元横浜スタジアムでTokyo Olympics正式種目となったベースボール/ソフトボールの試合があることから、ここでは例としてベースボールを取り上げてみます。(*6)
インターネットで“Baseball terms to know”と入力すると英語のベースボール用語に関するサイトが出てきます。その中の“Common Terms-How Baseball Works”(*7)と称するサイトを選び開きます。次に、日本の野球用語集のサイト、例えば、「プロ野球データ管理室プロ野球用語辞典」と称するサイトを開きます。まず、2つのサイトそれぞれのリスト、すなわち、英語のベースボール用語と日本の野球用語を見比べてみましょう。(*8)
日本で使用されている野球用語は、アメリカで使用されているベースボール用語との比較で、次の4種類に分類されそうです。
(1)日本語に翻訳したもの。 例:野球、投手
(2)英語用語をそのまま取り入れたもの。 例:アウト、セーフ
(3)英語用語をはしょったもの。 例:ファースト、センター
(4)独自に考えた和製英語。 例:ナイター、ジャストミート
(1)のカテゴリーは、(2)のカテゴリーと(3)のカテゴリーと併用されることが多そうです。例えば、「投手」と「ピッチャー」、あるいは、「内角低め」と「イン・ロー」のようなケースです。推察ですが、日本は文明開化で欧米の物事を導入した際、それぞれの名称はなるべく民衆に分かりやすく翻訳しようと努力したのでしょう。例えば“light bulb”では分からないので「電球」という訳が必要だったのでしょう。同じく“baseball”では分からないので「野球」と翻訳したのでしょう。それでも翻訳が追いつかなかったか、訳しようがなかったために、「ストライク」や「ボール」などの多くの用語はそのまま導入したものと推測します。
第二次大戦中には敵国アメリカ発祥のエンターテイメントが規制され、すでに定着していた野球は、禁止を免れたものの厳しい統制下に置かれ、用語は日本語に訳さなければなりませんでした。すでに定着していた「ストライク」を「真ん中」、ボールを「外れ」などと言い換えなければならなかったようですが、戦後はまた元に戻り現在に至っています。ただし、「死球」のように戦後になっても「デッドボール」と併用されて使用されている訳語もあります。言語統制下でひたすら野球を愛してプレイし続けた選手の熱い思いが伝わってくるようですね。(*9)
日本英語史という研究分野がありますが、野球用語だけに絞って研究してみると面白いかもしれません。日本野球の黎明期(*10)にその普及に尽力した正岡子規の功績も明らかになるでしょう。(*11)
(4)の和製英語はとても興味深く、バイタリティーを感じます。そもそも和製英語のような現象は世界各地で起きています。特にピジン英語やクレオール英語が話されている地域では類似した現象がたくさん見かけられます。例えば、ハワイのピジン英語では“no more”が“isn’t”や“aren’t” “don’t”や“doesn’t”などの代わりによく使われます。(“Hey, you no more lie to me!” = “Hey, don’t lie to me!”)筆者は1972年9月から1年間ハワイに滞在した経験がありますが、ローカルの人々は自らのアイデンティティーの表象として誇らしげにピジン英語を話しているのを感じました。(*12)
同じように日本の野球界で生まれた和製英語もそれはそれで大切にすべきです。ただ、これから国際試合が頻繁に行われることや、最近では日本にも多くの外国人選手が在籍していることを考慮すると、発祥地ではどう表現するかを押さえておいた方が良いかもしれません。いくつか例を挙げます。
「ナイター」 → a night game
「ジャストミートする」 → contact
「ストレート」 → a fast ball
など他にもたくさんあります。読者もチェックしてみましょう。
また、(3)のカテゴリーのように、元の英語をはしょったものもたくさんあります。例として、守備位置やそこを守る野手を挙げます。他にもあります。チェックしてみましょう。
「ファースト」 → first base/a first baseman or baseperson
「セカンド」 → second base/a second baseman or baseperson
「サード」 → third base/ a third baseman or baseperson
「ショート」 → shortstop/ a shortstop
「レフト」 → left field/a left fielder
「センター」 → center field/a center fielder
「ライト」 → right field/a right fielder
(1)に関して、カタカナ表記の用語を英語で書けるようにします。例えば、 「ボーク」、「ロジンバッグ」、「ビンボール」を英語で書けますか?それぞれ、
→ a balk
→ a rosin bag
→ a beanball(*13)
です。
(2)のカテゴリーの日本語に訳されている用語、例えば、「球場」、「満塁」、「一回の表」、「一回の裏」などを英語で言えますか?それぞれ、
→ a ball park
→ the bases loaded
→ the top (or the first half) of the first inning
→ the bottom half (or the second half of the first inning)
です。
他の用語もチェックしてみましょう。上記に挙げた野球用語と英語のベースボール用語を見比べて言えるようにし、発音もできるようにしましょう。これらの用語の発音を再現してくれるものもあります。要チェックです。
もちろん学んだベースボール用語はベースボール以外のコンテクストでも使えます。上記に挙げた“contact”は「接触」とか「接触する」という意味ですから、
He tries to contact curve balls well. → He tries to contact his doctor.
A contact hitter → A contact person, A contact memo, contact lens, etc.
などなど日常生活にも応用できます。野球用語を英語のベースボール用語で言い換えるようになれば、日常英語の語彙・表現力の増強に繋がります。
また、留学や駐在でアメリカに在住することになれば、文化・社会の理解に役立つこと請け合いです。アメリカ発祥の野球とアメリカン・フットボールなどは、国民的スポーツで文化、社会に深く根付いており、アメリカン・フットボールで使われる表現がメタファー(metaphors=隠喩/譬え)として日常会話でよく使われます。
インターネットで“Sports metaphors”で検索すると多くのサイトが出てきます。Googleのサイト“Sporting Metaphors”を選んでみます。アメリカで愛好されているアメリカン・フットボール、ベースボール、バスケットボール、ゴルフなどのスポーツ表現に関連するメタファーが網羅されています。
その中の“Baseball Metaphors”の項目をクリックしてみてみましょう。多くの用語とよく使われる表現がリストされ、それぞれの“Sports Usage” “Non-sports Usage” “Example”が書かれています。みな面白いものばかりですが、余白の関係で例として“pitch”を取り上げます。日常会話では「考えを上司にプレゼンテーションすること」という意味でよく使われます。
Pitch
[Sports Usage]
The throwing of a ball towards the opposing batsman.
[Non-sports Usage]
The presentation of a suggestion to a boss or other superior.
[Example]
I made a pitch to the manager about turning the car park into a bowling alley.
(以上“Baseball Metaphors” in “Sporting Metaphors” by Googleより抜粋)
上述したようにアメリカ人はスポーツが好きな人が多いですから、色々なスポーツの用語が日常会話で多く使われています。筆者の博士論文の主査である恩師の故Walter A. Cook先生は、アメリカン・フットボールが大好きでした。ご自分もされていたようで、フットボールのメタファーをよく使われました。試合でプレイごとに選手が集まり監督からの指示を聞き選手同士が確認することを“huddle”と言います。論文指導の際の先生の厳しくも的確なコメントを受けて論文を仕上げましたが、まさに “huddle”でした。一つも聞き漏らせませんでした。
スポーツだけではなく他のジャンルにおいても同じことが言えます。多くの用語が日常会話でメタファーとして使われています。そのことは全ての言語とその社会に当てはまりますから、言語学習は趣味と絡めるとより奥行きが深いものとなるでしょう。
一方、アメリカ発祥のベースボールに対して、日本発祥の柔道、空手、相撲などで使われている用語のほとんどは、日本語の用語をそのままアルファベットで表記して英語の語彙に入っています。“Judo terms to know”と入力すると多くのサイトが出てきます。その中から“Judo Vocabulary” Carolinas American Judo Association (CAJA) DBA Mathews Judoと称するサイトを選んでみました。読者も開いてみてください。アメリカで使用されている柔道用語・表現がリストされていますね。柔道がグローバル・スポーツとして愛好されている様子がよく分かります。以下Aで始まるjudo termsには次のような用語がリストされています。
aiyotsu, ashi, ashi-waza, atemi-waza, ayumi-ashi, etc.
2020 Tokyo Olympics主要競技の一つであり、メダルが期待される種目です。日本の柔道家は上記のリストにある英語の説明を学び、柔道を知らない外国人にそれぞれの技を英語で説明できるようにしてみたらどうでしょうか。例えば、
barai → Sweeping action with the leg or foot.
kuzushi → Unbalancing the opponent.
yoshi → Continue the contest.
です。
中学校や高等学校で習う英語の語彙で説明できます。前回の本コラムで述べた通り、言葉だけではなく動作も入れて説明することをお勧めします。
このように好きなこと得意なことを通して英語を学ぶことが大事です。良いことであれば一生続きます。今回はスポーツを切り口にしてみました。一人でも仲間と一緒でもできます。英語が好きになるはずです。単語のリストをひたすら丸暗記しても泡沫のように消えて行きますが、そうして覚える英語は身に付きます。スポーツと同様に「手続き記憶」と「宣言的記憶」の両方にバランスよく残るからです。(*14)
(2017年9月11日記)
(*1)本コラム「第104回 受験英語の勉強にハンズオン・マインズオン・アクティビティーを加えて使える英語にしよう!」と「第85回 英語の語彙を増やそう。語形成について(その1)」と「第87回 英語の語彙を増やそう。語形成について(その2)」を併せてお読みください。
(*2)杉山隆一氏(https://ja.wikipedia.org/wiki/杉山隆一)。また野球王国でもありました。筆者が通った高等学校の野球部にはプロ野球で活躍した大石清氏(https://ja.wikipedia.org/wiki/大石清)がいました。筆者が入学した年に広島カープに入団し、王貞治選手や長嶋茂雄選手を相手に投げました。
(*3)筆者が滞在した頃は、MLBのホームゲームはラジオ実況のみでテレビでは放映しませんでした。テレビで観戦できたのはビジターゲームだけで、ホームゲームは球場でしか見ることができませんでした。
(*4)体育会ヨット部の学生さんでその後留学に興味を持ちSan Diegoの大学に留学しヨットを堪能し、卒業後は商社マンとして活躍している人、体育会野球部では1970年代の東京六大学野球史のプロジェクトを英語で行い、卒業後は西武ライオンズの中心選手として活躍した高木大成氏、ほかラグビー部や水泳部の学生さんなど大勢いました。
(*5)日本中で多くの自治体が各国選手をホストします。筆者の母校慶應義塾大学の日吉キャンパスは、英国選手団のキャンプ地となると聞きました。
(*6)1896年(明治29年)に旧制第一高等学校(現東大)と横浜在住米国人チームとの間で初めて国際交流試合2回戦が横浜公園球場(現横浜スタジアム)で行われ、それぞれ一高が29対4と32対9で大勝しました。一高の選手は満足な野球用具が無く、キャッチャーは剣道の胴着と面を使ったと聞きました。
(*7)MLBサイトにある用語集“Glossary|MLB.com”もお勧めです。筆者はThe Dickson Baseball Dictionary(1989, Paul Dickson, Facts On File)を愛用しています。選手、新聞、報道、愛好家が使う用語や有名選手や野球に関する物事など5000個を解説しています。最新版は2011年の第3版ですが、イチローも載っている筈です。残念ながら筆者の手元にはありません。
(*8)「野球」という言葉はベースボールが日本文化に定着したことを指すものと思います。日本独特の方法論を開発し発展させ、今ではそれなりの高評価を受けています。そのことを念頭に本稿では日本のベースボールに言及する場合にのみ「野球」という言葉を採用しました。
(*9)そのうちの一人、かの沢村栄治投手は戦前から戦時中(1941年から1942年の兵役1年間を除き)1944年10月までプレイしました。同年10月に2度目の兵役につき12月に戦死しました。享年27才です。戦後その功績を讃えて沢村賞ができたのは周知の通りです。思う存分スポーツができるということは平和が前提ですね。
(*10)北米では、イギリスで18世紀に流行ったbase-and-bat gamesというゲームを移民が持ち込み、それがbaseballとして19世紀末に国民的スポーツに発展しました。日本が野球を取り入れたのはその頃で、1896年には上記の注(*6)にあるような国際親善試合をして、1915年には全国中等学校野球大会を開催し国民的スポーツになったのですから、アメリカのbaseballの歴史とほぼ同じ長さです。なお、筆者が会ったマンチェスター大学の教授は、baseballの原型はイギリスのroundersではないかと言っていました。興味ある読者は調べてみると良いですね。ネットでもゲームの様子が見られ、cricketを簡素化したゲームというのが教授の寸評でした。
(*11)こうした傾向は借入語全般に当てはまる社会言語学的現象です。日本語だけではなく他の言語社会にも見られます。英語はその宝庫です。日本語からの借入語だけに絞って調べて見ても面白いです。古くは“kamikaze”と“suicide mission”や“tsunami”と“tidal wave”などの破壊的な行為・現象から、20世紀後半には“kaizen”と“continuous improvement”などの活動を表すものなど、英語に根強く定着しているものに能動的なものが多そうです。
(*12)以前本コラムで少し触れましたが、ピジンやクレオールなどはかつての植民地でよく見られた現象です。ピジンは被支配者が支配者の言語を真似た、いわゆるbaby talkのようなもので母語でないためにバイタリティーがないと言われてきました。クレオールはピジンが発展し複雑になり母語化したものでAfrican American Englishは(高度に発達した)一例です。これと並行して通称語リンガ・フランカがあります。これらの研究は20世紀までの世界をベースにしており、21世紀における全く違う国境なきグローバル世界の言語状況を反映していません。スポーツは最も早くグローバル化したジャンルで、そこで使われるGlobal English(es)には各社会の言語・文化がポジティブな意味で吸収されています。「和製英語」も日本の言語・文化を反映したものであり、貴重な遺産として評価されるべきものと考えます。外国人プレーヤーの中にもそんな和製英語を取り入れて、日本人プレーヤーとの意思疎通を図る姿が見受けられます。日本語の「サヨナラ・ホームラン」は英語の“a walk-off(goodbye)home run”からきたものと思われますが、日本でプレイしたことのあるMLBプレーヤーが伝えたのか、MLB実況中継でサヨナラ・ホームランのシーンで次のような言及がありました。“OK, here you go! Sayonara! Goodbye!”
(*13)アメリカのスラングで“bean”は“head”も意味し、投手が意図的に頭を狙って投げる反則球をa beanballという。
(*14)詳細については、本コラム「第104回 受験英語の勉強にハンズオン・マインズオン・アクティビティーを加えて使える英語にしよう!」を参照してください。