日本では少子化に伴って18歳人口が激減し、その影響でここ数年多くの大学が定員割れに見舞われてきました。いわゆる「2018年度問題」の年とされる今年度からは、その傾向が顕著に現れるものと予想されています。問題の経緯、現状、今後の見通しについて、産経ニュースの2018年1月23日付けの記事「少子化加速で大学「厳冬期」4割で定員割れ 合併救済スキーム検討も」が分かりやすく説明しています。
「1992年の205万人をピークに減り始め2014年に118万人に落ち、しばらくは維持するものの、2018年からはまた下降して2031年にはピーク時半分以下の100万人割れを起こすであろう。(文科省)2018年度は全国780ある大学の4割が定員割れし、大学の生き残りは熾烈を極め、大学間統合も見られるようになってきた。大学進学率は今後も上昇せずに50%後半程度で頭打ちのままで推移し、授業料に依存する大学の経営は更に厳しくなるだろう。」(*1)
大学の存在意義が問われている時代に、既存の大学同士を統合させることが根本的な解決になるかは大いに疑問です。アメリカの大学も18歳人口に重きを置いて学生を集めるのは困難になりつつあります。2018年現在4,500以上もの大学が(College and University Statistics and Facts)、18歳人口だけで定員を満たすのは今後益々困難になるでしょう。(*2)
加えて年々高騰する授業料や生活費に掛かる費用が追い打ちをかけています。(*3)平均的な中流家庭の所得ではおいそれと出せる金額ではありません。それができる家庭の層は限られるので、18歳人口で定員を埋めるのがいかに難しい状況になりつつあるかは容易に想像できます。
膨大な数の大学、高騰し続ける授業料、更に、連邦政府と州政府の財政難が加わります。イタリアなどの国家予算に匹敵するCalifornia州などの財政状況は、“State Data Lab”(*4)などを見る限り相当逼迫しており、州内の大学の授業料を下げるための教育予算を組む余裕があるようには思えません。その他の州も似たような財政状況であると思います。
そうした状況の中、世界的名声を誇る大学を筆頭に4,500以上の大学が、18歳の学生の取り合い合戦に明け暮れていたら疲弊するだけです。仲良く統合・合併し数を減らそうという選択肢もあるでしょうが、この膨大な数では現実的な解決法ではありません。どうやら、アメリカの大学は教育対象を18歳から22歳までの年齢層から“older students”にまで広げたようです。ネットには沢山の関連サイトがあり、その関心の高さが伺えます。そのうちの一つ、NBC Newsの次の記事を取り上げます。重要ポイントを拾ってみましょう。
“Back to School: Older People on the Rise in College Classrooms”(NBC News)
この記事によれば、アメリカの大学における25歳以上の学部生・大学院生が全体に占める割合は、2009年に40%であったものが2020年には43%、実数にすると960万人に上昇すると予測しています。凄い数です。学生全体の4割強ですから、25歳以上の学生、つまりこの記事でいう“older students”が、教育面でも経営面でも重要な位置を占めていることになります。
更に、35歳以上の学部・大学院生の割合は、2009年の17%から2020年には19%に上昇すると予想しています。要は、今アメリカの大学キャンパスの教室を覗くと、半分以上は“older students”で占められているということになります。高校を卒業してすぐに大学に進学するのを前提とした日本の大学の平均的なキャンパスとは様相が違うでしょうね。いわゆる「現役」とか「浪人」などという言い方など、アメリカのコンテクストでは無意味です。これから留学する人は、それも一つの重要な経験として学んでくると良いでしょう。
これら“older workers”が大学に戻る理由は、年を取り自らが望む人生を創生するための“gateway”と考えているからだと述べています。引退した人たちの中には、引退が早すぎたと感じ、新しいスキルを身に着けて仕事につきたいと思っている人の数が多いという調査結果があります。また、まだ現役で働いている50歳の労働者を調査したところ、回答者の72%が仕事をしながら専門的技術を学びつつあり、引退後は新しい分野でsecond careerを積みたいとの思いを抱いている人が多いと述べています。
とは言え、働きながらにせよ、仕事を辞めるにせよ、定年退職後にせよ、“older students”が大学に戻るのにはそれ相応の覚悟と計算が必要です。残された人生との兼ね合いで、何時始め、どの程度費用をかけるべきか等、年老いてからの人生に借金を残さないようにするには、通常の若い学生達とは違う計算をしなければなりません。仕事を辞める場合は、そうでなければ得ていたはずの収入と学費を足して総費用を計算し、準備することが必要と示唆しています。教育を受けることに意義を感じその後の見返りは二の次という人達も、自分に許される許容範囲であるかどうか、後に禍根を残さない計画が必要です。
高額な学費をどう工面するか、“older students”にとっても綿密な計画が必要であることには変わりありません。記事は、各州で529 Savings Plans(*5)という、大学や大学院の授業料・諸費用の資金として積み立てる投資信託制度の利用を示唆しています。利点として、積立金や配当金には税金が掛かからないこと、年齢制限がないこと、子供達の学費用に積み立てたa 529 saving planで未使用分を充当できることなどがあります。
企業の中にはworkersが将来のcareer設定のために大学や大学院に戻ることを積極的に支援するところもあり、場合によっては学費の一部または全額を負担してくれるケースもあるそうです。また、大学やファンドが提供する奨学金の中には所得制限がないものや、“older students”を対象にしたものもあるので要チェックということです。(*6)
連邦政府関係では、Federal Student Aidは年齢制限がなく誰でも応募できますし、また、The Lifetime Learning Credit と称する、日本の国税庁に当たる連邦政府のInternal Revenue Service(IRS)による連邦税優遇制度も、所得次第で受けられるようです。
こうした財政補助が受けられない場合は、ローンに頼らざるを得ません。老後にローンを残さないためにより有利なものを選択しなければなりません。民間のローンもありますが、当然、利子と返済期間で有利な連邦政府Stafford Loansを勧めています。
年配の学生にとっては、何よりのメリットは若返りで、記事は最後に、ある企業でフルタイムで働きながら、University of Southern Californiaでgerontology(老年学)修士号を取得した女性を紹介しています。20年間financial services関連の仕事に従事し、全く違う分野に興味を持ち次の仕事にしたいと考えたようです。オンライン・プログラムを選択し、virtually connected classesで学べた経験はフレッシュであったこと、18歳から22歳が中心の学部時代と違って様々な年齢層の人達と学べた経験を評価していると述べています。
アメリカの大学のキャンパスは、この女性のような“older and returning students”が大勢おり、その為の教育環境や受け入れ態勢の整備が遅れている大学は収入源の多くを失うことになります。本コラムでは何度かアメリカの大学ランキングについて触れましたが、それらは18歳から22歳のこの記事でいう“traditional students”を対象にしています。では“older students”を対象にした大学ランキングはないのでしょうか?全米大学の学生数の平均4割以上を占め、その存在意義を十二分に示しているからには無ければおかしいですね。もちろん、あります。その一つがAARP(American Association of Retired Persons)全米退職者協会という団体が出しているランキングです。
これら“older and returning students”は、多様な社会的背景を持ち、社会経験が豊富で現実的です。大学の名声よりは自分のニーズに合うかどうかで判断します。大きく分けると(1)様々な職種の現役のadult workers(授業スケジュールの柔軟性を望む)、(2)高齢者(online learning opportunitiesを望む)、(3)現役professionals(職場での専門知識・経験を反映した単位取得を望む)、(4)落第や転校で退学し復学を希望する学生の4種類から成るようです。
そこから主として以下の4項目のような測定基準を抽出して評価しランキングを出したとあります。
(1)Schedule flexibility.
(2)Regional accreditation.(=地域での認可、信用度)
(3)Affordability.
(4)Percentage of older students among its population and salary expectations after completing a degree.(=大学全体に占めるolder studentsの率)
記事はCollege Factual(*7)のデータを引用し、アメリカの大学では、今や、“nontraditional students”(“older and returning students”)の数が“traditional students”(18歳から22歳の学生)の数を超え、学位取得者の大部分を占めていることを強調しています。大学経営者にとって無視できない存在であるということでしょう。
ランキングの対象となった大学には、online collegesも含む1,000校です。つまり、全米4,500以上の大学とその他の無数にあるonline collegesの中の殆どが、このランキングの対象外ということです。その意味するところは、“older students”が大学の収入に貢献する割合は高いということなので、このランキングの対象にさえならないような大学は、将来財政的危機に見舞われるという状況になりかねないということでしょう。
ランキング1位はUniversity of Maryland at College Parkです。上位には日本では聞き慣れない大学の名前ばかりですが、なんと、ここでもHarvardが第3位にランクされています。あの世界ランキングのトップで1位、2位を争うHarvardは、実は、学部・大学院生の大多数が“nontraditional students”で占められていると言うことです。10位以下にもやはり世界的トップ大学が名を連ねています。
そして、授業のonline化とそれに連動したubiquitous(いつでもどこでもできる)環境の整備、それに伴う授業スケジュールの柔軟性もキーになっていることも読み取れます。連邦政府や州政府が認可するonline collegesの多くは、このランキングに名を連ねていると推測できます。また、本コラム第114回で取り上げたThe Best Global Universities Rankingsのトップ校の多くは、(*8)“older and returning students”のランキングでもトップ校となっていることから、彼らを惹きつけるだけのubiquitous online教育が受けられる環境を整備しているものと思われます。
さて、トップに輝いたUniversity of Maryland at College Park(*9)ですが、首都ワシントンに隣接する州立マンモス校です。1970年代に筆者は時々訪れたことがありますが、当時は荒れていたと記憶しています。しかし、最近はメキメキと成果を出し、活気に溢れたキャンパスです。筆者も数年前にこの大学のWriting Centerを視察に行ったことがあります。組織がしっかりしていてプログラムも充実し、独自に管理システムを開発していました。
ワシントン界隈の引退した知識人のボランティア、例えば、元The Washington Post誌の記者などが、留学生の院生などの書いたものにアドバイジングをしていました。当時筆者が教鞭を執っていた大学の学部・大学院専門英語用にwriting servicesを導入したかったので大変参考になりました。(*10)
アメリカの大学は社会のニーズに敏感です。以前述べたように、アメリカ社会の根底に流れるpragmatismが、大学にしっかり根付いているからでしょう。18歳から20歳までの“traditional students”中心の従来型大学像を、その年代層以上の“nontraditional students”をも含めて全世代が学べる大学に切り替えたのは、多様性にシフトしつつあるグローバル社会のニーズに適合させるためでしょう。これらの記事から、大学だけではなく州政府も連邦政府もそのニーズに合う教育環境作りに努力していることが伺われます。結果は数字に表れています。(*11)
筆者は“age-free”という言葉を使いたいのですが、アメリカのキャンパスがage-freeになったのは昨日今日の事ではありません。少なくとも筆者が留学した1968年から1978年の10年間、どのキャンパスにも色々な年齢層の学生がいました。1969年から1972年まで在籍したCalifornia State University at Hayward(現East Bay)では、筆者が履修したEnglish literatureコースのクラスメートの中に、また、筆者がTAとして教えていた日本語コースにも年配の学生がいました。
その後1972年から1973年まで在籍したUniversity of HawaiiのEnglish as a Second Language(現Applied Linguistics)の修士コースでは、筆者も含めて学生ほぼ全員が一旦社会に出て戻ってきた人達で、28歳の筆者は最も若かったのではないかと記憶しています。その後の1973年から1978年まで在籍したGeorgetown Universityの言語学の博士課程でも殆どが30歳以上で、学部からそのまま来た人は一人しかいませんでした。(*12)
またGeorgetownでもTAとして日本語コースを教えました。主として18歳から22歳の学生が中心でしたが、同時に非常勤で教えたAmerican Universityの日本語コースの学生の半分以上は年配者で、中には60歳を超えた人もいました。(*13)
▲(筆者と学生 California State University at Hayward,1971)
▲(筆者と学生達 ワシントンD.C.近郊の公園にて、1976)
当時筆者が出会った“older students”男子学生の多くは、徴兵制度(draft)で軍務についた後に、20代後半から30代前半に大学に戻った人たちでした。(*14)それ以外には、教員免許などの資格を取りに戻ってくる多く人も見かけました。また、当時からアメリカの大学の多くは、extensionとかcontinuing educationなどを通して、社会人向けに様々な授業を提供していました。
これらを通して、社会人向けの大学環境を整えるノウハウが蓄積されていったものと推察します。その50年後の現在では、かくして大学院、学部のコース全てのレベルでage-free教育のカルチャーが根付き、これら2つの記事の通り、今やメイン・ストリームになりつつある、という段階に来ています。
今回は年配の方々にもアメリカ留学を勧めたいと思います。年配の方々はアメリカの大学に相当貢献できます。筆者の大学時代の同級生は、学生時代と少しも衰えない英米文学への情熱を持っています。2年ほど前、ハワイに行くので、そのついでにハワイ大学で聴講してみたいというので、continuing educationのカタログを見て、creative writingコースが設置されていたら取るべきだと勧めました。アメリカや中国に赴任した経験もあり、学生時代から培った表現力と豊かな想像力を持ってすれば、きっと素晴らしい作品を書くだろうと思ったからです。そんな旅行もありでしょう。
(2018年3月11日記)
(*1)2018年1月3日付け産経ニュース「少子化加速で大学「厳冬期」4割で定員割れ 合併救済スキーム検討も」(産経ニュース2018年1月3日)
(*2)アメリカには小・中・高の系列校を作りその卒業生をそのまま受け入れる大学はありません。察するに、universityという語に、その語幹universeの原義the whole body of things and phenomenaを反映させ、あらゆる物事を育む場であると考えるからでしょう。筆者自身、K-12(小・中・高)から大学まで同じ組織で学んだというアメリカ人に会ったことがありません。特に大学院については学部と違うところに進むケースが多く、1970年代には、University of California at Berkeleyのように同校出身者は同校の大学院に進むことを勧めないと明記する大学さえありました。最近になってStanford UniversityはStanford Online High Schoolを始めましたが、世界中いつでもどこでも受けられる点で最先端の次世代型の試みです。英語で配信していますが、翻訳ソフトが充実すれば、全言語で対応できるようなるでしょう。他の有名大学も同じようなプログラムを出しており、ここ10年でK-12教育も様相が一変するでしょう。
(*3)2017-2018年度授業料+生活費は、州立大学で$22,770(for instate students)/$35,420(for out-of-state students)、私立大学で$46,950です。“How Much Does It Cost To Study in the USA?”参照。これらは平均の金額で、私立大学の中には更に高額を要する大学があります。
(*4)State Data Lab
(*5)詳細については、“529 savings plans”と入力すると沢山のサイトが出てきます。選んでチェックしてみてください。
(*6)各大学のFinancial Aid Officeをチェックすると良いでしょう。
(*7)College Factual参照。
(*8)『第114回 2018 Best Global Universities Rankings(US News)におけるトップ校に見るグローバル・コラボレーションのネットワーク』参照。
(*9)University of Maryland at College Park参照
(*10)『グローバル社会を生きるための英語授業』(鈴木佑治 創英社三省堂)。学生達がCriterion®(ETS)を使用して校正したpapersを、更に、これらの大学のonline writing servicesを通してfinalizeできるようにしようと考えました。前半の部分は実現しましたが、後半の部分は時間切れで断念しました。
(*11)本コラムバックナンバー『第98回 アメリカ社会の諸分野に影響を与えたpragmatism(プラグマチズム)について』アメリカのpragmatismに関する記事参照
(*12)筆者の博士論文の指導教授、敬愛する恩師、故Walter A. Cook先生は、50代で大学院に入り博士号を取得しました。長年インドでヒンズー語communitiesに赴任し、その経験を基に博士論文を書かれたと聞きました。
(*13)確か15人以上の受講生が居ないと授業はキャンセルという規約があり、その人数に満たず一度はキャンセルされましたが、学生さん達が連盟で大学にpetition letterを書き授業は復活しました。彼らの熱意に感激しました。
(*14)“G.I.Bill Overview”参照。