ETS(Educational Testing Service)は、2017度に世界各国で行われたTOEFL iBT® テストの結果を集計し、以下の報告書を公表しています。日本の英語教育界は待った無しの改革を突きつけられていると言って良いでしょう。
Test and Score Data Summary for the TOEFL iBT® Tests - ETS
先ずはTOEFL iBTテストの趣旨目的を確認します。このテストは、
Measures the ability to communicate by combining, or integrating, all four language skills – Reading, Listening, Speaking, and Writing.
Is 100% academically focused, measuring the kind of English used in academic settings.
ということです。詳細は本コラム第89回および第90回にありますので参照してください。
第89回「TOEFL iBT® テストに挑戦しよう(1)」
第90回「TOEFL iBT® テストに挑戦しよう(2)」
注視すべきはacademic settingsという点です。即ち、アメリカの大学・大学院で必要なlistening, speaking, reading, writingの総合的な英語能力を測定します。本コラムでも触れましたが、アメリカの大学・大学院は、留学生とアメリカ人を分けることなく同じプログラムで勉強させます。よって、ここでいうacademic settingsのコミュニケーション能力は、ネイティブ・スピーカーに期待されるものとほぼ同じ程度のものと解釈して良いでしょう。非常に高度な能力です。
身内や親しい仲間の間で交わされる日常生活レベルの英語の能力ではありません。(*1)その程度なら、中学校1、2年で習う英語で十分で、それほど時間を掛けずにできます。(*2)しかし、英語に限らず何語であれ、日常生活レベルで聞き、話し、読み、書きできても、高度な専門領域レベルになるとそう簡単にはいきません。それなりの訓練が無ければ不可能です。即ち、授業を聞いて理解し討論する、学術書を読み、自分の考えをまとめてペーパーを書く、この能力の習得には、初等教育、中等教育、高等教育に続くformal educationが不可欠です。一朝一夕で身に付くレベルのものではありません。(*3)
先進国の中でも識字率トップの日本では、充実した教育制度の下、大学卒業時には母語の日本語においてそうした高度の基礎的能力を身に付け、卒業後に各官公庁及び各企業でさらに訓練を受けて磨きます。母語においては大成功ですが、今回のTOEFL iBTテストの報告書を見る限り、グローバル社会の第二言語(second language)である英語においては大失敗です。明治維新以来150余年の英語教育の歴史を持ちながら、先進諸国どころか発展途上国との比較においても下位という悲惨な結果を突きつけられてしまいました。
報告書のTable 15.“TOEFL iBT Total and Section Score Means — All Examinees, Classified by Native Language”とTable 16.“TOEFL iBT Total and Section Score Means — All Examinees, Classified by Geographic Region and Native Country”を見てみましょう。Table 15はtest takersの母語別の結果を、Table 16は世界7地域別に分けた国別の結果を示しています。ちなみに、日本のようなほぼ単一言語の国は、Table15の母語Japaneseの結果とTable 16の国Japanの結果が同じですが、Nigeriaのような多言語国家の場合、Table 15では主要母語集団であるHausa、Igbo、Yoruba等のそれぞれの結果を、Table 16ではそれらをほぼ平均した国全体の結果を見ることができます。(*4)
Table 1にあるように、TOEFL iBTテストは、Listening(Scale Score 30)+Reading(Scale Score 30)+Speaking(Scale Score 30)+Writing(Scale Score 30)=Total Scale Score 120、即ち、スキル別4セクションの合計120点です。Table 2は、スコアのPercentile Rankを示しています。個人または各国平均スコアの全体の位置をチェックできます。
Table 16ではJapanは71です。Table 2のPercentile Rankに照らし合わせると、全体ではBottom28%で、Asia約36か国中の下から2番目という悲惨な結果であることがわかります。Top・グループにはSingapore 97、India 94 、Pakistan 92、Malaysia 91、Philippines 89、Hong Kong 88など、旧英語圏の植民地であった国々が名を連ね、そうでない主要国の殆ども80点以上です。極東では、韓国83、台湾82、そしてまだ本格的に英語教育を始めて間もない中国でさえ79で、日本はアジア主要国家の中では最下位です。
EuropeではEU主要国は軒並み100近く、旧共産圏諸国も85~95で、80前後は2、3数える程度です。Africa, America, Middle East/North Africaにおいては、特に貧困と紛争に喘ぐ国々や教育制度が整っていない国々の中に70点近辺が見られるものの半数以上は80以上です。全test takersの平均は82ということですから、日本はそれより11点も低く、上に8割、下に約3割という悲惨な状況です。
Table 13. “Means and Standard Deviations for TOEFL iBT Section and Total Scores, Males” とTable 14. “Means and Standard Deviations for TOEFL iBT Section and Total Scores, Females”は、さらに厳しい現実を突きつけています。TOEFL iBTテストのtest takers (examinees)が、受験する目的は様々で、報告書は次の(1)~(10)に分類し、それぞれ(Males)と(Females)のmeansを提示しています。それぞれの項目の(Males)と(Females)の数値を足して2で割り全体(Total)の数値を算出してみました。(*5)
(Males) | (Females) | (Total) | |
(1)高等学校入学のため | 71.8 | 75 | 73.4 |
(2)2年制大学(community colleges)入学のため | 73.5 | 76.5 | 75 |
(3)4年制大学入学のため | 78.5 | 81.1 | 79.8 |
(4)MBA以外の修士コース入学のため | 86.2 | 85.9 | 86.1 |
(5)MBAコース入学のため | 86.3 | 85.6 | 86 |
(6)English language school or program入学のため | 78.4 | 79.8 | 79.1 |
(7)各種資格やライセンスを取るため | 83 | 83.6 | 83.3 |
(8)仕事・雇用のため | 82.9 | 83.6 | 83.3 |
(9)Immigration(ビザ・市民権等)のため | 85.5 | 84.4 | 85 |
(10)その他 | 78.1 | 79.7 | 78.9 |
日本の71というスコアは上記の(1)高等学校入学のためにTOEFL iBTテストを受けた人たちと比べてもやや劣るスコアです。2年制community college入学を目指す人達の平均には満たず、4年制大学、ましてや、大学院修士課程入学者のそれには全く届きません。更にショックなのは(6)English language school or programのために受験する人達のそれにも及ばないという現実です。English language school or programでは、このテストのスコアがクラス分けや受講後の達成度を測定するのに使用されており、日本人の受講者の多くはlower level courseに配属され、受講後の達成度もあまり期待できないレベルであろうと予想されます。(*6)
社会人のジャンルでも冷たい現実が伺えます。(7)各種資格・ライセンスを取るため、(8)仕事・雇用のため、(9)Immigration(ビザ・市民権)のための3項目の平均スコアとは10数点もの開きがあります。アメリカなどで公認会計士(CPA=Certified Public Accountant)などの資格や、アメリカの会社での雇用を求めるにしても、TOEFL iBTテストで測るコミュニケーション能力以上の能力が必要ですが、それらを求める他の国々からの外国人には到底及ばないという数字を突きつけられています。
前述した通り、TOEFL iBTテストは、英語のネイティブ・スピーカーではなく、日本人も含む英語ノン・ネイティブ・スピーカーを対象にしたテストです。日本は明治維新を機に西洋に追いつけ追い越せで色々な分野で頑張ってきました。以来150年今や多くの分野でその西洋に肩を並べる先進国です。それを牽引してきたのは教育の充実であることは確かです。しかし、主要科目としてこれだけの歳月と労力を費やしてきたにも関わらず、英語教育においては非英語圏の後進国の多くに後塵を拝し、強いて言うなら、英語教育後進国と思われても仕方がない結果に甘んじています。
原因はなんでしょうか。国内の競争にあまりにも気を奪われてきたことが一因として考えられるでしょう。国内の一流大学に進学し、一流企業・官公庁に就職しさえすれば、安定した将来設計ができる、かつて高度成長期には多くの人がそう考えていました。バブル崩壊とともにそうした考えは危うくなっていますが、どこかに根強く残っているのでしょうか、少なくとも、英語教育においては、大学入試が最大の目標になっているようです。大学入試の英語ができても、所詮、外国語としての英語の域を越えられず、それどころか、英語で日常会話もできないのが実態です。例えば、アメリカの外国語科目として設置されている初習日本語コースで日本語の会話ができないという話は聞いたことがありません。ということは、日本の英語教育は数年かけてもアメリカなどの外国語初習者コースの達成度にさえ到達していないことになります。
これではacademic settingsの英語には到底手が届きません。賛否はさておき、global settingsにおいては、英語は外国語ではなくsecond languageです。遠く外国でしか耳にすることができない言語ではなく、日常接する言語です。わけても、academic settingsにおいてはそのことが当てはまります。理系の主要学会では論文執筆・発表はみな英語で行われていることは本コラム第113回で述べた通りです。よって、多くの非英語圏の多くの国々では英語をsecond languageと位置付けているものと思われ、海外の学会でもそれらの国々の多くの人たちが英語で論文発表を行っているのを目にします。
日本では英語を外国語、正確には、大学入試の外国語科目として捉えてきたことに問題がありそうです。多くの大学生が入学と同時に英語学習へのモチベーションを失うのもそのためでしょう。そうした大学入試のための英語のレベルと比較すると、TOEFL iBTテストは、明らかに難易度が高いということになるでしょう。しかし、高等教育機関で要するacademic settingsの英語を目標にするなら、TOEFL iBTテストで尻込みしている場合ではありません。
TOEFL iBTテストで高得点を上げても、それで十分というわけではありません。アメリカの大学ではさらに高度のacademic Englishのcommunication skillsを習得しなければならないからです。TOEFL iBTテストは、そうした高度の英語skillsを習得するために必要な基礎があるかどうかを診断してくれます。逃げずに挑戦し続ければ道は拓けます。
1978年アメリカ留学から帰り慶應義塾大学経済学部に赴任した筆者は、入試が終わり英語学習の目標を失ってしまったという学生たちに当時のTOEFL® テストを紹介しました。経済学、経営学、国際関係論などで世界トップのアメリカの大学院も紹介し、GMAT®やGRE®などのテストをアメリカ人と同じように受けて高得点を上げなければならないことを伝えました。その後移籍した湘南藤沢キャンパスでも同じです。慶應義塾大学在職中30年間、多くの学生がこれらのテストを受け、アメリカの大学院に進んで卒業し、世界各地で活躍しています。最初からできた人はいません。挑戦すれば必ずできることを証明してくれました。
(2018年4月11日記)
(*1)言語には多くの方言とスタイルがあります。日本語も沢山の方言がありますね。また、状況によって変わる話し方や書き方、即ち、スタイルがあります。スタイルにはintimate, casual, informal, formal, frozenがあります。Academic settingsとはformalでかつacademicという特殊なスタイルformal・frozenに属するものと言えるでしょう。関心がある読者は拙著『プロジェクト発信型英語 Volume1―Do Your Own Project in English』(鈴木佑治 南雲堂)、『英語教育のグランド・デザイン―慶応義塾大学SFCの実践と展望』(鈴木佑治 慶應義塾大学出版会)、『グローバル社会を生きるための英語授業』(鈴木佑治 創英社三省堂)をお読みください。
(*2)拙著『プロジェクト発信型英語 Volume1―Do Your Own Project in English』(鈴木佑治 南雲堂)のUnit 1参照。中学生、高校生用のものもあります。よくテレビの宣伝などで聞き流すだけでできるようになったという体験談を目にしますが、多くは挨拶、自己紹介、道案内程度のintimate, casual settingsの会話です。その程度なら中学校1年生で習った英語で十分です。本稿で問うているのは、そのさらに先にあるacademic settingsの英語コミュニケーション能力をどのように付けていくかです。
(*3)研究者になるための最初の登竜門とされる大学院博士課程で博士論文を書くには相当な訓練を要します。少なくとも1970年代はそうで、英語ネイティブ・スピーカーも四苦八苦していました。一朝一夕とは程遠い世界です。筆者が見たアメリカの凄いところは、重要機関・団体・企業のトップはこうした訓練を受けてそれぞれの分野のspecialistsとして学術論文が書けるということです。例えば、筆者と同時期に言語学でPh.D.を取得したアメリカ人の学友は、生命保険会社に各種の保険契約書の分析を行うspecialistとして採用されました。1980年代には東南アジア諸国で講演し日本にも来ましたが、保険契約書文言の意味論の研究論文を書いていました。その後は首都ワシントンの世界保健機構のような団体の幹部として活躍しています。
(*4)Nigeriaには200以上の言語があり、Hausa, Igbo, Yorubaなどがmajor languagesで、残りは話者数が限られたminor languagesです。イスラム教とキリスト教が混在し、部族間の対立があり政情不安定です。公用語として英語が使われ、部族間ではピジン英語が使われています。関心ある読者は拙著「多言語社会の実態と苦悩」(鈴木佑治『Keio SFC Review No.5』1999 慶應義塾大学湘南藤沢学会 p11-18.)を参照してください。
(*5)小数点二桁以下は切り捨て。
(*6)筆者自身が1968年4月に受講したEnglish language courseでは、当時のTOEFLテスト(満点650点前後)でクラス分けしていましたが、400点以下のElementary Level、401~470点Intermediate Level(上・中・下に細分)、471~520Advanced Level(上・中)であったと記憶しています。ちなみに当時のTOEFLテストは難易度が高く、多くの大学で学部入学に450~470点以上、大学院入学に550点(約8割5分)以上を要求していました。現在のTOEFL iBTテストの8割5分は100点ですから想像できると思います。Elementary LevelやIntermediate Levelの人が550点以上を取るのはごく稀であったと記憶しています。筆者自身はAdvanced Levelに入り、3か月の研修後に受けたTOEFLテストで辛うじて550点を超えるか超えないか程度であったと記憶しています。筆者が受講したこのEnglish language courseのクラス分けを参考にすると、TOEFL iBTテストにおける日本人平均の71点では、Elementary Level上・中・下の下にしか入れません。日本人のTOFL iBTテスト受験者の多くが中学校から大学まで必修科目として8年間も英語を勉強しているはずですから大いに考えさせられます。これだけの労力と歳月を使えばTOEFL iBTテストで平均100点近く取れるはずです。英語学習方法を根本的に変える必要があります。筆者の場合は、その後アメリカに残り、1968年10月から正規の授業を受け、学術書を読み、討論し、ペーパーを書くなどして、その1年後に受けた1969年にTOEFLテストでは600点を超えていました。私以外にも多くの人が同じ体験を明かしています。