For Lifelong English

  • 鈴木佑治先生
  • 慶應義塾大学名誉教授
    Yuji Suzuki, Ph.D.
    Professor Emeritus, Keio University

第119回 留学チェックポイント-目指す学問の「本場」か?現地で認可されている正規のプログラムか、正規の学位か?

海外留学と一言で言っても、留学先の現地学生と同じように正規のプログラムで学ぶのか、留学生専用のプログラムで学ぶのかでは全く違います。国によっては、留学生の大半は留学生専用プログラムで学び、認可された正規のプログラム(accredited programs)で学ぶ人は極稀なようです。1970年代半ばに筆者がワシントンD.C.で会ったベトナム人留学生は、アメリカに留学する前のフランス留学での体験でそう述べていたのを思い出します。

2007年にオーストラリアのタスマニア大学を訪問した際に出会ったフランス留学中で一時帰国しているオーストラリア人の大学院生は、文学専攻で現在Jane Austen(*1)について博士論文を書いていると言っていました。聞くとフランス語ではなく英語で書いているとのこと。英文学なのでそれもありかなと思っていると、日本文学でも日本語で論文が執筆できるとのこと。言うならば、何語で書いても良いとのことで更に驚きました。

それが正規のプログラムか留学生用のプログラムかは知りませんが、英語はともかく、正規のプログラムであれば、あらゆる言語で論文指導できる教授陣を揃えていると言うことでしょうか?留学生専用のプログラムであるとしても余程資金が潤沢な大学でなければ大変ですね。要は、何であれ、しっかりした訓練を受けられ質の高い論文を書ければ良いわけですが、どのようにquality controlをしているのか興味が湧くところです。

留学生専用のプログラムで取得する学士号、修士号、博士号は、正規のプログラムのそれとは違うということです。アメリカでは専攻いかんに限らずどのレベルにおいても、留学生も現地学生と区別なく正規のプログラムで学ぶので、留学生専用の学士号とか修士号とか博士号はありません。Harvard大学のOfficial Websiteなどを見れば分かるように、入学、授業、奨学金など学業とキャンパスライフ全てにおいてアメリカ人学生と留学生を一切分けて考えないと明記しています。

すなわち留学生も現地学生と全く同じスタンダードで競い合い、交流し、生活を共にすると言うことです。(*2)世界のmajor sportsと同じです。陸上競技、水泳、スキー、Baseball、Football (Soccer/American Football)、Basketball、Golf Football、相撲、柔道、空手など、外国人とそれぞれの本場国の人を分けて競ったりしません。みな一緒です。今や、外国人抜きには考えられないMajor League Baseballなど、外国人とアメリカ人を分けるリーグを作ったらこっけいですね。

筆者がアメリカ留学を勧めるのはこの点につきます。専攻する学問の本場がアメリカであると確証できれば、迷わずアメリカに行くことを勧めます。厳しくチェックすべきです。医学はどうですか?コンピュータ・サイエンス、AI、宇宙科学、物理学、生物学、工学、心理学などいわゆる理系の専攻はどうですか?経済学、経営学、社会学、言語学、コミュニケーションなどの社会科学系の学問はどうですか?文学、ジャーナリズム、現代音楽などの人文科学系の学問はどうですか?

インターネットで関心ある専攻分野を打ち込めば簡単に調べられます。筆者が今もう一度高校3年生にもどり、これから大学で言語学を勉強しようと思っていると仮定します。インターネットでlinguisticsと打ち込んで検索し、例えば、Wikipediaなどの分野の紹介を読むことでしょう。サイトの最後にある参考文献に目を通せば一目瞭然です。リストされている学者が多い国がlinguisticsの本場であると思って良いでしょう。

学部上級生で大学院を目指すのであれば、さらに研究テーマが絞れている筈。
そのテーマではどの国のどの大学のどの先生にまで絞り込むことができるでしょう。もしアメリカが本場であれば迷わずアメリカ留学を考えてよいでしょう。英語で現地の学生と一緒に世界的な研究をしている先生の下で学べるわけですから。もしこれが、留学生とアメリカ人の学生と分けて、言い方は悪いですがdouble standardで行われるプログラムであるなら、その価値は半減します。しかし、アメリカでは憲法でいかなる差別も禁止されているので、そういうことは無いはずです。

移民国家アメリカの強さはここにあります。アメリカはこうして育つ優秀な人材を適材適所に残し、現地人と競争させ、そして市民権や永住権を与えてきました。元々原住民以外全部移民だったわけですから当然と言えば当然です。アメリカには大勢のノーベル受賞者がいます。以前述べた通り、トップ大学には100名前後おり、その多くはアメリカの大学や研究機関で育った外国からの移民です。アメリカは全ての分野でこれが当然のように起きており、いわば、伝統の一部になっていることは周知の通りです。それを制限する政策は、あっても一時的なもので長くは続きません。自己否定になるからです。

しかし、アメリカの大学のキャンパスで繰り広げられているプログラムが全てそれぞれの大学の正規のプログラムであるとは限りません。正規のプログラムとは、どの国の大学でも同じで、大学の学則に明記され、学則に則り設置され決められた学位の取得ができるプログラムです。よく聞く大学の交換留学は、外国の大学と交換協定を結び、それぞれ学生が交換協定校に留学し取得し単位を認めるということが学則(履修要項)に明記されているので正規のプログラムです。

しかし、そうした交換留学以外に、アメリカの大学では特に夏季休業中に多くの英語研修プログラムが行われています。これらの多くは、大学とは直接関係がない教育機関が大学の敷地を借りて行っているものが多く、そこで取得した単位はその大学の単位にはなりません。但し、そうした中に日本の大学が夏季や春季の休暇を利用して行う研修プログラムがあり、それぞれの英語の単位として認められるものがあります。その大学の学則にはその旨書かれている筈です。しかし、それが行われているアメリカの大学側では場所と施設を貸しているだけで直接関係ありません。

英語にある程度自信がある読者には、そうした、研修プログラムより、もし、日程が合うなら、アメリカの大学のSummer Schoolで正規のコースを取ることを勧めます。許可が簡単に取れること、そして学則にあるので正規の単位として認められます。また、日本に帰っても、多くの大学の学則で単位として認められる可能性は大です。少なくとも、筆者が赴任した慶應義塾大学経済学部も湘南藤沢キャンパスの学部も認めていました。

また、アメリカの主要大学にはEnglish as a second(foreign)language courseが、授業についていくだけの英語力が足りない留学生用に設置されています。多くの場合、履修単位にはなりますが、学位取得に要する単位には含まれません。1970年代のアメリカの大学では、こうしたESL coursesは大学の第三セクターの機関が行っていて、大学の正規の留学生以外に、これから他大学に入学する学生や、コースを取りながら他大学に入学しようとしている留学生が殆どでした。

筆者が居たGeorgetown University ESL coursesはそのうちの一つで、夏季休業には日本の大学生が、それ以外には、場所がら各国の政府、省庁、企業、大学からの短期留学で来られる人や、これから他大学の大学院に行く人たちが沢山いました。この機関は当大学のSchool of Language and Linguisticsの管轄下にあったので、教員は筆者の大学院のクラスメートらで、筆者も留学生の先輩としてよくアドバイスをしたものです。

筆者、同級生ESL InstructorのChris Knipe氏、その学生達、1976年
▲ 筆者、同級生ESL InstructorのChris Knipe氏、その学生達、1976年

アメリカのEFLやEFL coursesは、その前提が、そこに学ぶ留学生が、これから多くの分野で世界トップのアメリカの大学や大学院で、アメリカ人と対等に競争する英語力をつけることです。もし、これがたとえアメリカであっても、留学生専用の学部や大学院プログラムで、競争相手がアメリカ人ではなく、留学生同士であったら全く別物であった筈です。同じことが、TOEFL iBT® テストにも言えます。このテストは留学生とアメリカ人を区別しない、アメリカの正規の学部や大学院のプログラムで学べるacademic English communication skillsを持っているかどうか、そこでアメリカ人と一緒にそうした能力を更に磨ける基礎力を持っているかどうかを診断するテストです。

すなわち、外国からの留学生がthe first languageの母語以外に、今や、学術界では外国語a foreign languageではなく、a second languageとして併用できるかどうかを診断するのです。言い換えれば、バイリンガルに近い状態であるかどうかが問われるのです。筆者は多くの英語テストを見てきましたが、1967年に初めてTOEFL® テストを受けて以来この点に気づきました。あれはTOEFLテストの黎明期でした。以来このテストはアメリカの大学と二人三脚で相当数の学者を介入させ、しかも、学部や大学院入試のSAT, GRE, GMAT, LSATなどのテストと連動して改良を重ねようとして居ます。その前提は留学生を正規のプログラムで学ばせることで、それが世界トップのacademic English communication skillsを持つ日本の若者の育成を目指すというのが開国以来150年持ち続けた日本の英語教育の目標なら、それと合致します。

この視点から現有する多くの英語のテストを見ると、本コラムの読者はどれに挑戦すべきか自ずと分かるでしょう。英語は言語の一つです。日本語と同じです。誰か特殊な才能を持った人だけが使えるようになるのではありません。誰しもそれに向かって学習すれば使えるようになります。筆者の場合渡米して1年目はやっと授業についていけるかどうかでした。でも2年目、3年目になるとアメリカ人と対等に、自分で言うのも何ですが、それ以上の成績を収められるようになりました。

そして、30才前後で言語学(英語学)に専攻を変えて博士課程に挑戦した時には、何ら不自由も感じなくなって居ました。資金が無くて初めは1年で帰ろうと思いましたが、外国人もアメリカ人も平等に扱ってくれることに感動し、アメリカに残ろうと即断しました。高校生の頃描いた自分の生き方でした。英語学の本場でアメリカ人と学べたことに悔いなしです。

(2018年4月16日記)

A Comprehensive Grammar of the English Language
▲ 恩師故Walter A. Cook教授、筆者とゼミ後輩1990年

 

 

(*1)Jane Austen (1775-1817). イギリス女流作家、代表作品はSense and Sensibility, Pride and Prejudice, Emma, Mansfield Park, Northanger Abbey, Persuasion, Lady Susanです。死後も根強い人気を保ち最後の3作品は死後に出版されました。20世紀以降も愛読され、1970年代のアメリカの大学では必読書でした。日本でも人気があり、筆者も学部時代に読みました。大学の図書館にもあります。TOEFL iBTテストを受ける読者には是非とも読むことを勧めます。ちなみに、アメリカの大学や大学院の大量のreadingをこなすには、小説なら1時間80ページ位の速度で読む能力を要します。
(*2)アメリカの主要大学には、英語研修などの短期留学や外国人のための英語(English as a second language)のコースがあります。前者は大学外の団体や機関が大学の施設を借りて行われているケースが多く、大学の正規のプログラムではありません。後者は大学の正規のプログラムの一部かそうでは無い場合がありますが、いずれにせよ、単位としては認められないことが多いです。

上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。