先日、知り合いの教育関係者より以下の記事(*1)が送られてきました。The University of Chicago(以下、U of C)が、新入生募集に際しSATやACTなどのStandardized testsを義務付けないと発表したとありました。
“University of Chicago to stop requiring ACT and SAT scores for prospective undergraduates”(June 14,2018. The Chicago Tribune)
U of Cについて、US News & World Report “University of Chicago-Profile, Rankings and Data-US News”サイトから幾つかfactsを拾ってみます。
全米# 3 (tie) in National Universities
全米# 15 in Best Value Schools
全米# 11 (tie) in High School Counselor Rankings
世界# 20 (tie) in Most Innovative Schools
Global Universities Rankingsもチェックしてみましょう。
Best Global Universities Rankings
全世界#14です。本コラムで指摘した通り、こうしたrankingsを鵜呑みにすることはできませんが(*2)、U of Cが、今も昔も、アメリカ国内のみならず世界的にも超有名大学であることに異議を唱える人はいないでしょう。
1890年設立、Chicago市Hyde Park内にある私立大学で、総面積は877,982平方メートル、東京大学本郷キャンパスの総面積が402,682平方メートルですから(*3)その2倍に当たる広さです。アメリカ3大都市にあるキャンパスとしてはまあまあの広さと言えます。(*4)
2017−2018年の年間授業料は54,825ドル(1ドル110円換算で約600万円)、学部生の総数は約6,000名、約100のmajors and minorsプログラムが設置されているそうです。
大学院ではBooth School of Business, Law School, Pritzker School of Medicine and Harris School of Public Policy Studies などのProfessional Schools系のプログラムが高い評価を受けており、過去のノーベル賞の受賞者は89名で、オバマ大統領がかつてLaw Schoolで教えていたことでも話題になりました。筆者らの世代の人なら、U of Cと聞けば、経済学者Milton Friedman(1912-2006)の名が浮かぶでしょう。ノーベル賞だけではなく、他にも世界的権威を誇る多くの賞の受賞者がいます。
当然、全米では超難関校の一つとされ、2016年には31,000名の応募者の内8%に当たる2,500名しかadmissionsを貰えなかったようです。SATやACTで全受験者上位1パーセントに当たるスコアが必要なようです。(*5)全米で“extremely competitive”と評される大学の一つです。
驚愕すべきは研究・教育資金として集めたendowment(寄付金)の額です。$ 6.1 billion(1ドル110円換算で6,700億円)もあるそうです。凄い額ですね。ただ、上には上がいるもので、競争相手の主要大学はそれをはるかに上まわる額のendowmentを集めているのです。Harvard Universityは、$ 35.7 billion(約4兆円)、Stanford University $ 22.4 billion(約2.5兆円)、MIT $13.2 billion(約1.5兆円)というから驚きです。(*6)これらの大学に行くと、こうした資金を活用した教育・研究に参加できるということになります。
記事に戻ります。アメリカの大学は、通常、新入生募集の応募の条件の一つにSATやACTなどのstandardized testsを受験しスコアを提出するよう求めています。これらのテストのスコアが選考基準に占める割合をどうするかについて、長らく議論されてきましたが、最近、提出を求めるかどうかが議論されるようになってきました。
そうした中、提出を求めない大学の数が徐々に増えつつあります。低所得層やマイノリティー・グループの生徒達にとって、これらのテストの受験料が高過ぎるために受けられず、機会均等の原則に反しunfair、かつ、大学が目指すdiversity(多様性)に反する、というのが大方の理由です。2012年に中堅校のDePaul University(*7)がその方針を採用し話題になりましたが、“most(extremely)selective”とされるトップ大学は無視してきました。
ところが、輝かしい歴史と伝統と実績を有する超難関校のU of Cが、来学年度よりstandardized testsのスコアの提出を求めないということになったのです。
“The University of Chicago announced Thursday that it would no longer require applicants for the undergraduate college to submit standardized test scores.”
提出してもしなくても良い、すなわち、optionalにすると発表したのです。総称test-optional policiesに踏み切ったということになります。合格者の内25%が、SATとACTでほぼ満点と言われ、これらのテストが超難関校U of Cの名声を裏支えしてきた要因の一つであることは明らかです。激震が走るのも頷けます。(*8)東京大学が来学年度入試からセンター試験を外すというのに等しいかもしれません。
以下の方針に変えるというのです。
“While it (U of C) will still allow applicants to submit their SAT or ACT scores, university officials said they would let prospective undergraduates send transcripts on their own and submit video introductions and nontraditional materials to supplement their applications.”
すなわち、SATやACTのscores提出はoptionalで、高校のtranscriptsを用意して送ること、(*9)そして志願事由を示すvideo-introductionsにnontraditional materialsを添えて送らなければならないとしています。(*10)
U of C側は、このようなtest-optional policyを採った理由に以下の2点を挙げています。(1)本来SATとACTのスコアは資料の一部であったが、いつしか過度に偏重され、残りの提出資料を無視するようになった。(2)テストの受験料が高額、予備校test-prepを受けると有利なことから、結局、高所得の家庭の子供達に有利で、低所得の家庭の子供達には不利で、全てのグループにとってfairとは言い難く、あらゆる生徒に門戸を開き、理想とするdiversityの実現を謳うU of Cの理想に反する。
現行のstandardized tests至上主義の入学システムは大手test prep企業(アメリカ版の予備校)に益し、あたかも合格者のZIP codes(郵便番号)がアメリカの未来を決めているかのような印象を与えていると辛辣に批判しています。要はトップ大学に合格する子弟が一握りの上流階級が住む特定地域に限定されてしまっているという危機感です。よってトップ校全般に人種的多様性は欠如し、それが2006年以来恒常化していることを危惧すると述べています。
2016年秋学期現在、U of Cの学部生全般に白人が占める割合は43%、アジア系は18%、ラテン系は11%、アフリカ系は5%、その他multiracialは4%と、明らかにシカゴ市そしてHyde Park周辺の地域社会の多様性とそれぞれの割合を反映していません。シカゴ大学は、地域の移民一世、低所得者、マイノリティー・グループの子供達が応募しやすくなるように、奨学金などを用意して取り組んでおり、この状態を看過できないということでしょう。
当然、多くの大学が採り始めたtest-optional policiesに対し、ACTやSATを管轄する機関からの反論があります。主なところでは、高校のtranscriptsは学校差や地域差があって公平な判断ができない、その他の志願書に添える資料も客観的評価基準に乏しい、志願者の数は増えるであろうが、主観性に依存する部分が強く、diversityに富む優秀な学生を集められるかどうかは疑問である。SATやACTなどのテストは、地域や社会背景などの多様性を超えて、共通の客観的な能力測定基準を与えてくれる。また、ACT側やSATを管轄するCollege Boardは、経済的に不利な学生がonline prep coursesを受けられるように手配している、などです。
それに対してU of C側は、高校時代のgradesとtranscriptsをみると、standardized testsがそれ以上の何を診断しているのか不明と反論しています。要は、成績書を取り寄せれば、それらのテストのスコアは不要であり、それ以上のものを測るのであれば、上記の資料が必要ということを主張しています。記事では、“A database maintained by the National Center for Fair and Open Testing”のデータが参照されています。以下のサイトもチェックしてみてみましょう。
アメリカのトップ大学は世界のトップ大学です。その一つU of Cは、アメリカ大学入試界で不動とも言える地位を築き、未来永劫安泰ではなかろうかとも思えます。それが一つ間違えたらその地位を脅かし兼ねない事を承知で、敢えてtest-optional policiesを掲げる全米28校に加わる決断をしたのですから、この記事の情報以上に深刻な問題があるのではないかと思えてなりません。The Chicago Tribuneはシカゴの有力紙ですから、その読者にとって言わずと知れた重要な情報を前提に書かれたものかもしれません。
U of Cは、シカゴ市のHyde Parkにキャンパスを構え、学生をはじめ多くの教職員がそこに住む“a true campus-based community”を作り、教育、研究、奨学金などの制度を通し、シカゴ市とその周辺コミュニティーのコミュニティー活動にコミットしていると宣言しています。U of Cがdiversityにこだわるのは、そうしたChicago市を含む周辺地域、いわゆるChicagolandのdiversityを反映させることへの意気込みと言えそうです。どの国の大学も歴史ある大学は周辺コミュニティーを無視して長続き出来ないからでしょう。周辺コミュニティーとは似ても似つかない閉ざされた空間を作ることは長期的にみると策ではありません。(*11)
U of Cの設立には慈善事業家John D. Rockefellerが関わり、そのコミュニティーであるHyde Parkには1948年の最高裁による人種規制条例の撤廃で、アフリカ系アメリカ人が多く住み着きました。1955年に人種差別撤廃活動家Leon Despresが、Hyde Parkのaldermanになるや、その後20年間Chicago市議会で人種差別撤廃とfair housing運動を推進し、“liberal conscience of Chicago”と呼ばれるに至りました。Hyde Parkは自由都市Chicagoを代表する心の故郷になったのです。U of Cがtest-optional policyを採った背景には、この地域の良識を守ろうという強い意思があるのかもしれません。
一方、地域の繁栄とracial diversityの相関関係を表すデータもあります。
“Two graphs show why Chicago area is losing population”
人口の減少が都市の繁栄に影をもたらすのはアメリカも同じです。この記事はChicagolandが、アメリカの大都市で、2016年−2017年の1年間に唯一人口減少したと伝えています。2010年から2017年には、New York metro(New York City圏)、Los Angeles metro(LA圏)、Chicagoland(Chicago圏)、Dallas市、Houston市の人口の増減を、(1)Natural increase、(2)Net international migration、(3)Net domestic migrationの3項目に分けて測定したそうです。それぞれの増減を調べると、LA圏とNYC圏とChicagolandは、みな、domestic migrationで出て行く数が、入る数を大きく上回り人口減少に繋がっているとのことです。それでもNYC圏とLA圏は(1)と(2)で増加がみられ、全体の人口の微増に繋がったが、Chicagolandはその2つのカテゴリーで微増にとどまったものの、全体では人口減をカバーするには至らなかったと分析しています。
他方、DallasとHoustonは全ての項目で人口が増加しており、全体の人口を押し上げています。これらの2都市に比べると、New York 市、Los Angeles市、特に Chicagoは、都心部について “a central city that's become friendly to high-earners and unfriendly to the poor and middle class”と評され、高所得者には住みやすいが、低所得者には誠に住みにくいからであろうと指摘しています。ヒスパニックやアフリカ系アメリカ人には寄り付けない場所になっているということです。
それに反し、人口増加が続くDallas市やHouston市は、低所得層から高所得層までのあらゆるバックラウンドの人々が住める場所となっており、それが繁栄に繋がっていると報告しています。ここから、racial diversityは、文化的多様性だけではなく、経済発展のバロメーターであると結んでいます。(*12)
U of Cが今回学部admissions方式を変えることに踏み切った理由には、歴史的にも社会的にもアメリカ全般の発展を推進してきたdiversityが薄れつつあることへの危惧があるものと思えます。しかし、それはChicago市だけではなく、Los Angeles市やNew York市などにも当てはまります。U of Cだけではなく、それらの大都市の近郊のmost selective universitiesにも当てはまります。では、何故U of Cだけが踏み切ったのでしょう?さらに深刻な問題があるのかもしれません。
そう思って、U of CのOfficial Siteを開き、“About the University”からその鍵を握る箇所を拾って見ました。
(1)Our commitment to free and open inquiry draws inspired scholars to our global campuses, where ideas are born that challenge and change the world.
(2)The University of Chicago is enriched by the city we call home. In partnership with our neighbors, we invest in Chicago's mid-South Side across such areas as health, education, economic growth, and the arts.
(3)Our diverse and creative students and alumni drive innovation, lead international conversations, and make masterpieces.
(1)と(2)は射程範囲でしょう。しかし、問題は(3)です。現在、世界中の多くの大学と大学院がこだわっているのはinnovationです。大学という制度そのものがdrive innovationできる機関であるかどうか、その存在意義を賭けて問われているのかもしれません。そしてそれができる条件としてdiverse and creative studentsが求められていることを言明しています。要はdiversity→creativity→innovationということでしょうか、ここでもdiversityがキーワードです。
実際に、大学がどれだけinnovativeであるか、アメリカの多くの私的・公的機関は厳しく見ているようです。ですからUS News & World Reportでは、Most Innovative Schools rankingsを設けています。U of Cは国内#20です。(*13)
Best Global Universitiesでは全分野総合で#14と素晴らしい結果ですが、分野ごとのrankingsを見るとinnovationが問われる項目では大きな遅れをとっています。Computer Science #139, Engineering #105, Environment/Ecology # 100, Geosciences #66, Neuroscience and Behavior #89, Pharmacology Toxicology #122, Plant and Animal Science #110で、明らかに先端性とinnovationが求められる分野で遅れをとっていることが分かります。もちろん、Economics and Business #5そしてPhysics #6であることも付記します。詳細についてはチェックしてください。
先端性とinnovationが、diversityと関連するとしたら、いかなる分野にも分野間でhybridな多様性が生まれ、それを基にinnovative creativeな科学方法論が生まれ、結果が出てくるのでしょう。そしてそれを生むのは多様な背景と知識、経験、ノウハウを持った人々でしょう。標準化されたテストは規格にあった画一化した回答を求めます。SATやACTは相当数の優秀なtesting specialistsにより作られ、innovativeでcreativeなversionsに向けて試行錯誤しています。しかし、どんなに良いテストを作っても、その準備をして良い成果を収めるにはアメリカでも学校だけでは足りないようです。予備校(prep schools)やそれに準ずるサービスが雨後の筍のように出現します。SAT/ACT prepと入力して見てください。無数のサイトが出てきます。
それらの多くは高価で、貧富の格差が出てしまいそうです。加えて、高価な学費ということになれば、ほんの一握りの人達の競争になりそれは単一化に繋がってしまいます。そこからはcreativeかつinnovativeな結果は期待できません。授業料が年間10万ドルを超えるのも時間の問題です。そうなると大学の存在意義を問う声が上がるでしょう。U of Cの思惑は、diversityの原点に戻り、上記の(3)がいうことに符合させ、さらにendowmentを集めて、誰でも受けられるような大学にする、そうした好循環を生もうと考えてのことでしょう。
将来留学を考えている読者の中から、スカラシップを貰ってU of Cのそうした活動に参加できる人が出て来ることを期待します。関心分野のプログラムをチェックし、diversity, innovation, creativityを目指していたらGO!です。(*14)U of Cが本気でそう取り組むなら優秀な日本人学生も選ばれるはずです。他のアメリカの大学もこうした動きに続いてくれることを祈ります。
(2018年7月11日記)
(*1)By Dawn Rhodes, Contact Reporter, Chicago Tribune. June 14, 2018.
(*2)2018年ワールドカップでもFIFA ランキングがいかに相対的なものであるかが分かります。大学ランキングもそうです。関心領域で優れた実績を上げているプログラムを提供する大学または大学院はどこかしっかり調べて選びましょう。筆者が50才若くて関心テーマの勉強をしたいとしたらThe University of Arizonaを選びます。
(*3)進学COM(shingakucom.jp)の「東京大学」参照。
(*4)アメリカ3大都市New York CityのColumbia Universityの総面積は145,656平方メートル。ちなみに、中規模都市にあるHarvard Universityは20,537,496平方メートル、Stanford Universityは33,096,280平方メートルです。
(*5) “University of Chicago typically requires applicants to be in the top 1 percent of SAT test takers” University of Chicago Admissions Requirements参照。
(*6)US News & World ReportのBest CollegesでHarvard University, Stanford University, MITのendowmentをチェックしてください。独自にこれだけの教育・研究資金を集めているところにこれらの大学の底力を感じます。Global Universitiesのランキングでトップを行くこれら3大学でさえ、大学の存在意義が薄れるなか、将来への危機感を感じ独自の改革に邁進中です。莫大な赤字を抱える連邦政府には頼れないからです。ちなみにHarvard Universityのendowmentの総額は、2015年の統計「47都道府県2015年度当初予算が示された」を参照すると、同年5兆円の税収を見込んだ東京都以外のどの道府県の年間予算をも凌駕する額であるものと思われます。University of Chicagoのendowmentは福岡県の予算くらいです。これら全ての大学は私学で、資金の大部分は卒業生を含めて民間から集めていると聞いています。利益相反や不正を防止するacademic honestyの精神を長年どのように担保してきたのか学ぶところは多そうです。
(*7)DePaul University Chicago市にあるカソリック系の私立大学で、US News & World Reportは全米#120と評しています。New learningなど先端的な教育に力を入れているようです。
(*8)US News & World Report, Forbes, QS Global World Rankingなど毎年大学格付けを出す機関が一番驚いていることでしょう。何せstandardized testsのスコアは格付け基準に不可欠だからです。
(*9)“send transcripts on their own”となっているので、「随意」という印象を与えます。高等学校の成績も地域や学校によって質的に均一化されていないという背景がある為でしょうか。
(*10)筆者は早晩アメリカの学部、大学院の入試はこの方向に行くだろうと予測し、慶應義塾大学(1990-2008)と立命館大学(2008-2014)ではプロジェクト発信型英語プログラムを導入しました。プロジェクトの成果はここでいうU of Cの求める“video-introductions”と“nontraditional materials”に当たるものと思います。
(*11)筆者も長年アメリカの大学に関わってきましたが、確かに、現在活気ある大学は世界中から人が集めながらも、地域社会に溶け込んだ大学コミュニティーを作っています。逆に、地域社会とは異空間としか思えない超有名大学のキャンパスも見ました。あくまでも筆者の私見ですが、将来、大学自体の存在価値が問われる時に果たして残れるか疑問です。
(*12)2017年までの人口統計です。2018年のTrump政権による移民を厳しく規制する政策が布かれ、メキシコと国境を接するTexas州のこれら主要都市に集まる移民が居なくなったらどのようになるでしょうか。国民の大多数が世界中から集まった移民とその子孫で、万民の自由平等を謳う憲法の下で国を形成してきた歴史の中ではこの政策は自己矛盾です。例えば、アメリカのノーベル賞受賞者360名(2017年時点)の多くは移民とその子孫です。
(*13)ちなみに筆者が本コラムでもよく推薦したArizona State Universityはこのカテゴリー#1です。筆者も医療と言語・文化・コミュニケーションを包括的に学びたい人に紹介しました。
(*14)再度注意します。大学や大学院選びは慎重に。きちんと調べて、関心テーマに最も適したプログラムを選びましょう。ちなみに、アメリカは学閥社会ではありません。職業上のcolonialismと称され違法です。大学を出たからといって一切優遇しません。各大学の教授陣も様々な大学出身者で構成されています。教員紹介を見ると分かります。