For Lifelong English

  • 鈴木佑治先生
  • 慶應義塾大学名誉教授
    Yuji Suzuki, Ph.D.
    Professor Emeritus, Keio University

第122回 Trump大統領の“seat-of-the-pants”と評される外交政策と中間選挙

今年11月6日にアメリカ議会中間選挙(midterm election)が行われます。今秋アメリカ留学を始める人は、アメリカ全体が選挙に向けて盛り上がっていく様子が見られるでしょう。アメリカの選挙権年齢は18才からで、大学生の殆どが中間選挙に参加することになり、日本の大学生と比べ、政治に対する関心は相当高いと言ってよいでしょう。(*1)公職選挙はアメリカ民主主義の根幹を知る良い機会です。

アメリカ議会中間選挙では、2年任期の下院435議席(総議席435)と6年任期の上院33議席(総議席100)を選出します。(*2)大統領選挙から2年目の年の11月に行われ、大統領の任期4年の中間に当たり、それまでの政権運営の是非が問われます。大学のmidterm examinationを模してmidterm electionと言われます。アメリカ議会は、絶大な拒否権を持つ大統領とのバランスを取る為に、大統領の所属しない党が多数派を占めるという傾向があります。Trump大統領の共和党が勝つか、民主党が勝つか、全世界も注目するところです。(*3)

さて、そのTrump大統領ですが、大統領に抱く理想像とかけ離れた意表を突く言動が目立ち、その場の思いつきで国内外の政策を決めているのではないかと危惧する声が上がっています。こうしたTrump大統領の外交政策の姿勢について、“seat-of-the- pants”(*4)と酷評する記事を見つけました。(*5)

Trump's Foreign Policy by the Seat of his Pants

著者は、元ジャマイカの国連大使、終身国連代表の肩書を持つCurtis A. Ward氏で、長く国連の安全保障問題に携わってきた外交問題の専門家です。以下、肝心な部分を抜き書きします。

(1)Trump氏は “seat-of-his-pants” foreign policyに終始してきた。
(2)ほぼ例外なくTrump氏自身によるイニシアティブと認識(own initiative and perceptions)でのみ一連の行為を決定してきた。
(3)それも経験不足と能力不足(lack of experience and ability)のまま行なってきた。
(4)経験不足と能力不足を補うforeign policyエキスパートのアドバイスも無く、能力不足(ineptitude)を浮き立たせる結果になった。
(5)Trump氏の支離滅裂さ(incoherence)は、アメリカのforeign policyにカオス(chaos)と混乱(confusion)を招くにとどまらず、国際基準を損ない、世界秩序の安定に重大な影響を与えている。

Trump氏の“seat-of the-pants” foreign policyが、どのようなもので、どのように実行され、どのような 結果を招くか、(2)~(5)にある“own initiative and perceptions,”“without the necessary experience and ability, ”“ineptitude,”“chaos,”“confusion”などのキーワードだけからも明白です。

周知の通り、Trump氏は就任早々の記者会見で、質問したアメリカの主要新聞・報道を公然と“fake news”と罵倒し、(*6)Twitterで自分の考えを述べることが常態化しています。Ward氏は、Trump氏のforeign policyが“seat-of-the-pants”たる要因に、生き方、考え方、性癖、嗜好などの内的要因に加えてTwitterという外的要因があると指摘します。

(6)Trump氏は“by the seat of his pants”で外交政策を行う際に、次にどのような行動をするか(next move)をtweetする。
(7)外国政府は、それぞれ国に駐在するアメリカ大使の言葉より、Trump氏のtweetsに注視する。
(8)不幸にも、Trump氏がある一つのtweetで発する外交政策は、同氏の次のtweetまでのほんの短期間しか持続しない。
(9)というのは同氏の外交政策は24時間もしないうちに180度変わりうるからだ。

従来のマス・メディアではなく、Twitterという、いつでもどこでも誰でも使用できる最先端のメディアを使っていることから、最新版の“seat-of -the- pants”foreign policyであるかもしれません。しかし、全世界に多大な影響を与えるアメリカ大統領が、自分の政策や意見を発表するツールとして使っていることが驚きです。

Ward氏は、その結果がアメリカ外交政策の基軸そのものを、混沌として不安定で不確実なものにさせ、先行きが見えない状態に押しやっていると嘆きます。それを意に介すると思いきや、逆に是とするかのようなTrump大統領の強気の言動を見るにつけ、誠実さに欠け、支えも無いまま予測不能な舵取りは今後も続き、世界情勢はさらに混迷するであろうと予測しています。

Ward氏の記事は、The Ward Postと称するオンライン機関誌に掲載され、2018年8月現在“5 months ago”とあることから、2018年3月頃に掲載されたものと思われます。この機関誌は、Topical Issues, Analyses, Geopolitics, Security, U.S.-Caribbeanの専門誌で、(*7)上述したWard氏の経歴から記事には説得力があります。Ward氏の指摘通り、実際に、2018年6月には同氏が危惧しているようなことが起き、(*8)Trump氏一流の“seat-of-the-pants” foreign policyに世界が振り回される事になります。

注3で述べたとおり、Webster's Third International Dictionaryでは、“seat-of-the-pants”とハイフンで繋ぎ一語の形容詞と表記して以下のように定義しています。

“seat-of-the-pants” adj. = based on personal experience and appraisal rather than on the use of mechanical aid (“seat-of-the-pants” navigation)

句をハイフンで繋ぎ一語として表記されてWebsterに載っているということは、この語が常套句として頻繁に使われてきたことを示しています。

Etymologyによると、1930年代に出現したもので、1938年にDouglas Corriganと称する飛行士がアメリカからIrelandに決行した飛行についての記事で最初に使われたようです。CorriganはNew York よりIrelandを目指す飛行を計画したのですが、飛行機が必要な計器を積んでおらず許可を得られませんでした。代わってカリフォルニアを目指す事にして許可を得ましたが、飛び立つやIrelandに向けて舵を切り無事着陸したのです。計器がないので自分の経験と勘に頼らざるを得ない大冒険であったようです。

着陸後、多くのアメリカの新聞が取り上げ、そのうちの一つが“Corrigan Flies By The Seat Of His Pants” (The Edwardsville Intelligencer, 19th July 1938)というタイトルを掲げたのです。その後、“fly by the seat of one’s pants”から“fly”を取り除いた“by the seat of one’s pants”で、飛行(aviation/flight)以外の状況で「勘や経験のみで」物事を進めることを表現する際に使われてきました。オンライン辞書を見てみましょう。

“by the-seat-of-one’s pants” = If you fly by the seat of your pants or do something by the seat of your pants, you use your instincts to tell you what to do in a new or difficult situation rather than following a plan or relying on equipment. (Collins English Dictionary)

“by the seat of your pants” =If you do something by the seat of your pants, you do it using only your own experience and trusting your own judgment.(Cambridge Dictionary)

コミュニケーションは状況に大きく作用されます。言語活動もコミュニケーションの一部ですから、言語の意味は状況により変化します。(*9)アメリカにおいて、“seat-of-the-pants”という表現は、Carriganの偉業を讃える新聞やラジオの報道で大体的に広まりましたが、以来、この表現には「飛行機を操縦する(aviation)」というメタファーが想定されるようになりました。

この表現が、アメリカ大統領の政権運営という状況で使用されると、その意味するところは一変します。アメリカという国家のみならず、世界に及ぼす影響力の大きさから世界全体が一機の飛行機に乗せられ、アメリカ大統領はその操縦桿を握る飛行士というメタファーが想定されてしまいます。21世紀の大型飛行機は、精巧な機器を装備し、主、副複数のパイロット、管制塔、レーダーなど、安全な運行には多くの人と機器による判断を要します。

一方、Carriganの例では、飛行機はまだ黎明期で、小型飛行機に乗れる操縦士は一人、シンプルな計器も高価で個人が揃えられなかったという状況ですから、“seat-of-the-pants” aviationを余儀なくされ、新聞・報道ではheroicなものとして報道され、世間もそう受け入れました。言ってみれば、1930年代の状況下の個人飛行士Carriganによる飛行という状況では、この表現は良い意味合い、意味論でいうameliorativeな意味合いで捉えられます。

ところが、2018年におけるTrump大統領の国内外の政策運営が“seat-of-the-pants”と言うことになると、もはや肯定的でameliorativeなものではなく正反対の否定的で “pejorative”な意味合いに一変します。大国アメリカの政策運営は、自国にとどまらず世界全体に関わるもので、多くの専門家が、先進的なインフラ機器で集める情報に基づくintelligenceをもってなされるべきものでしょう。

アメリカ大統領の持つ権限からして、大型飛行機というより宇宙船に例えるべきかもしれません。たった一人の飛行士が宇宙船を操縦するなど考えられません。ましてや、機器を無視する“seat-of-the-pants” aviationなどありえません。Ward氏は外交の専門家としてそれに近い視点でTrump大統領の“seat-of-the-pants” foreign policyを批判しているのかもしれません。Twitterは、大型飛行機ではなく、個々人のコミュニケーションに功を奏するもの、小型ジェット機であっても、国家や世界を乗せる規模のものではない、とWard氏は主張したいのでしょう。

アメリカの中間選挙に話を戻します。この2年間“America First”を掲げて駆け抜けているTrump政権は、敵対する国々とさらに溝を深めるのみか、同盟国とさえ亀裂を起こしかねません。そうした状況は回りに回ってアメリカ国内に悪影響を及ぼすのは明らかです。次から次に繰り出される国内外の政策は、Trump氏のTrump氏によるTrump氏の為の“seat-of-the-pants” policyになってしまわないか 、アメリカ国民はどう判断するのでしょうか。

筆者が若かりし頃アメリカ留学中に学んだのは、多くの人たちとcollaborationすることの大切さでした。人の言ったことを鵜呑みにせずあらゆる角度から批判的に考える、すなわちdiversityとcritical thinkingを尊重することこそ自由社会に生きる特権であると学びました。それこそがアメリカの大学が世界のトップの座を守ってきた生命線です。アメリカの大学がモットー(motto)としてラテン語の“Lux”( =light)や “Veritas”(= truth)を掲げているのはその為でしょう。アメリカの学生や大学関係者はどのような選択をするのでしょうか。

(2018年8月10日記)

 

(*1)アメリカ公職選挙で選挙権は市民権を有することが条件ですから、アメリカ人学生しか選挙はできません。ここ2年間のTrump大統領の移民政策は留学生や不法滞在者の子女にも影響を与え、各地の大学生が抗議のデモを繰り広げてきました。今回の中間選挙の結果は市民権を持たない学生にとっても重大な影響を与え、相当の関心を集めるでしょう。ちなみに、筆者が留学した1968年頃の大学はベトナム戦争の是非で揺れていました。日本では東大闘争の頃で、アメリカでは大学生の多くが徴兵され、それに人種問題が絡み、University California at Berkeley, Kent State University, 映画The Strawberry Statement(「いちご白書」) の舞台Columbia Universityなど、各地の大学で学生運動が盛んになり、大統領選挙や中間選挙では学生、教職員の間で喧々諤々の議論が繰り広げられました。今年もそんな様相になるかもしれません。
(*2)アメリカ議会(The United States Congress)は下院(The House of Representatives総議席435)と上院(The Senate総議席100)の2院制です。中間選挙では任期2年の下院の全議席と任期6年の上院の3分の1の33議席が対象です。
(*3)同時に各州の知事選も行われ、中間選挙は実質2年後の大統領選の予備選挙の様相を呈します。
(*4)本稿ではWebster's Third International Dictionary にある“seat-of-the-pants”と各語をハイフンで繋いで一語にした表記を採用しました。「機器ではなく自分の経験と勘に頼った」という意味の複合形容詞です。引用した記事のタイトルのように、ハイフンを除いて名詞句にし、それに“by”を付けて“by the seat of one's(your/his)pants”という副詞句にしたものがよく使われています。語源は後ほど触れます。
(*5)これ以外にも次のようなサイトがあります。Engel: Trump strategy "fly by the seat of your pants...”“Trump knocks Schumer's advice after he warns against ‘seat of the pants negotiating’”
(*6)本稿第109回「Fakeについて」を参照してください。
(*7)機関誌の名称から察するに、Ward氏自身が主宰するオンライン専門誌と思われます。
(*8)注3に掲げた3つの記事に書かれているような局面や、その後の局面ではWard氏の予測通りになりつつあります。
(*9)詳細については、拙著『言語とコミュニケーションの諸相』(2000年、創英社三省堂)、The Semantics of the English Modals: A Case of Multi-literal Generation of Meaning in Communication(2002年、Liber Press)等を参照してください。

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