言語は変化し続けます。不変ではありません。生物と同じです。日本語も英語も他のいかなる言語も長い時間をかけて変化し続けています。ただし、それぞれの変化の度合いはその社会的、心理的、歴史的、物理的状況により違います。
言語は、音、語、統語、意味のサブ体系から成る体系です。(*1)言語の変化はそのいずれのサブ体系でも起こり得ます。英語は古代英語から現代英語にかけて全てのサブ体系で劇的な変化を経験してきた言語です。(*2)ですから、現代英語のnative speakersが、古代英語で書かれた作品Beowulf(*3)を読むのは大変です。外国語でも学ぶような感覚で一から手ほどきを受けなければ無理でしょう。(*4)
今回本稿で取り上げるのは、英語の語の変化、英語の語数の変化です。語は文法機能別に名詞(noun)や動詞(verb)や冠詞(article)や接続詞(conjunction)などの品詞(parts of speech)に分類できます。品詞はそれぞれの言語により異なりますが、大きく分けてopen クラスとclosed クラスの2つに分けられます。前者のopen クラスは物事の名称や概念を意味し、内容語(content word)とも言われ語数は膨大です。品詞で言うと、名詞、動詞(*5)、形容詞、副詞がこのクラスに属し、造語(coinage)や外来語(loanword)が頻繁に加えられます。後者のclosed クラスは文法機能性が強く機能語(function word)とも呼ばれています。語数は限られ、概して造語や外来語が入る余地はありません。代名詞(pronoun)、前置詞/後置詞(preposition またはpostposition)、接続詞(conjunction)、冠詞(article)などがこのクラスに属します。(*6)
英語にも日本語にも夥しい数の造語と外来語が付け加えられましたが、殆どはopen クラスに属する内容語でclosed クラスに属する機能語はあまりありません。英語の前置詞の数はほとんど変わりませんし、日本語の「て」、「に」、「は」、「を」、「へ」などの助詞に外来語から加わった助詞はありません。(*7)敢えて言えば、定冠詞の“the”が「ストップ・ザ~」などの慣用表現に使われていますが、非常に限定的で定冠詞として自由に使われているようには見えません。
話を戻しましょう。さて、英語がグローバル・メガ言語となるや、英語の語彙が年々増えています。それは、open クラスの内容語がどんどん膨張しているということです。日本語でも最近横文字の外来語が増えていますがその比ではありません。なにせ世界中の人が英語を使い、新たな語をどんどん注入しているからです。英語になった日本語も“samurai”や“sushi”から“kaizen”などのビジネス専門用語まで結構の数になります。それが、全世界の言語から入ってくるのですからその数は「推して知るべし」でしょう。
次のWikipediaのサイトをみると英語へ流入した外来語の大まかな数が見られます。
Lists of English words by country and language of origin
最近、どの言語を見ても英語からの借用語が増え、英語による「覇権」では?と危惧する声もありますが、このサイトを見る限り、逆にどれだけ多くの外来語が英語に「侵入」しているかが分かります。何せ、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージランドなどの英語圏の国々には世界中から多くの人々が集まり、彼らが持ち込んだ語彙数だけでも半端な数ではありません。このサイトのリストも全容を反映したものではなく暫定的なものと思えます。日本語からの借入語に絞ってみてもはるかに凌ぐ数になります。(*8)
英語はこうして語彙を増やしつつ表現力を上げ、グローバル・メガ言語になったのでしょう。外来語に対して寛容であるかないかでopen言語かclosed言語に分けるとすると、グローバル言語は明らかにopen 言語でなければなりません。英語、特に移民国家アメリカとともに成長したアメリカ英語はopenであり続け、英語をグローバル・メガ言語に押しやる原動力になったと考えます。(*9)
さて、現在、英語スピーカーは平均どのくらいの語彙数でコミュニケーションしているのでしょうか。“How many words does the average English speaker use in English?” と入力して検索してみました。数多ある中から、国際的に著名な英国の経済誌The Economistのサイトに掲載された“Vocabulary Size-Lexical Facts”と称する2013年5月29日付の記事がありました。開けて読んでみましょう。
Vocabulary size Lexical facts: The Economist
記事によると、記事発行日(2013年5月29日)の数年前より“Test Your Vocab.com”と称するblogサイトを立ち上げ、英語speakersがどれだけの語彙数を理解するのか調査を始めたとあります。(*10)対象はnative speakersとnon-native speakersです。2013年5月現在でこの調査に応答したのはなんと約2百万件、かなり規模が大きい調査です。以下結果分析の要点です。(*11)
•Most adult native test-takers range from 20,000–35,000 words
•Average native test-takers of age 8 already know 10,000 words
•Average native test-takers of age 4 already know 5,000 words
•Adult native test-takers learn almost 1 new word a day until middle age
•Adult test-taker vocabulary growth basically stops at middle age
•The most common vocabulary size for foreign test-takers is 4,500 words
•Foreign test-takers tend to reach over 10,000 words by living abroad
•Foreign test-takers learn 2.5 new words a day while living in an English-speaking country.
(“Vocabulary size Lexical facts,” The Economistより抜粋)
Native speakersとNon-native speakersのテスト受験者の平均認識語彙数は以下の通りです。
更に次のようなコメントが伏せられています。Native speakersは、middle ageになるまで1日1語を学び、middle age以降はその伸びは止まる。(*13)また、non-native speakersは、英語圏の国に滞在する場合、1日2.5語学ぶ。なかなか興味深い結果ですね。本コラムで、筆者は以前、留学先が決まったらなるべく早く渡米した方が良いと言いましたが、筆者自身、アメリカで過ごす1日と日本で過ごす1日では英語へのexposureが比較にならず、同じようなことを肌で感じたからです。この調査の分析結果の詳細については以下のサイトを参照してください。
“Test your vocab: Summary of results”
この調査は続いているようなので、TOEFL iBT® テストを受験する読者は自分の語彙数をチェックしてみたらどうでしょうか。ただし、このテストは、単語のスペルを見て理解できるかどうかの能力を測るテストで、単語の音声を聞いて理解できるかの能力を測るテストではありません。余談ですが、音声版のテストも用意してもらえると読み聞き両方のreceptive vocabulary sizeを測定できます。TOEFL iBTテストなどを受験者には総合的語彙認識の診断テストになりますね。
いずれにせよ、インターネットという便利なツールが出来たおかげでこうした語彙数のサイズの大規模な調査が安価にできるようになりました。他にも似たような調査が行われており、このテストの調査と補完してみればより正確な情報がつかめるでしょう。(*14)ここでは、このテストの分析結果のnative speakersの語彙力とnon-native speakersの語彙力が大まかにこんなものと分かれば良いでしょう。
読者の中には、native speakersの語彙数のサイズを見て自信を無くす人もいるかもしれません。しかし、考えてみてください。それは、native speakersが長い人生を通して積み重ねる語数なのです。彼らにとってはnative languageですから、生活の中で自然に習得するもので、ごく当たり前のことなのです。日本語のnative speakersも、英語のnative speakersが有する英語の語彙数と匹敵するか、あるいは、それを凌ぐ数の日本語の語彙を有しています。
ここに興味深いデータがあります。“How many words are there in languages?”で検索してみてください。色々なサイトが出てきますが、Wikipediaの以下のサイトを見てみましよう。
“List of dictionaries by number of words”
各国の主要辞書に登録された語彙数をリストしています。日本語は『日本国語大辞典』の登録数は“500,000 and more”とあります。(*15)各地の方言や標準語以外のregisters(*16)を入れたら更に増えるでしょう。英語は最大規模のOxford English Dictionaryが登録する“171,476”です。日本語のそれはその約3倍もあります。もちろん平均的日本語話者がそれを全部知っているわけではありませんが、相当の語彙数を有していることは確かです。(*17)そんな語彙数を誇る言語を話し、なおかつ英語を学習しているのですから凄いことです。自信を持つべきでしょう。
しかも、実際にはみなさんは相当多くの英語で使われている語彙数をカバーする潜在知識があります。上記に掲げた
“Lists of English words by country and language of origin”
をもう一度開けてJapaneseの項目をみてください。筆者はかつて『カタカナ英語でカジュアル・バイリンガル』という本を出しました。上記で述べた、カタカナで表記されて日本語に定着した語彙のことです。英語にカタカナでフリガナして発音する、と誤解した人がいますが、そうではありません。(*18)
皆さんが日常生活で目にするカタカナ表記で英語の原義に近い語を集めてみました。なんと、平均して10,000語以上です。それを英語のスペルに直し、英語で発音できるようにすれば良いのです。(*19)幼児が耳にするのは400語、小学生、中学生、高校生、大学生になると数千語を超える。カタカナ表記のこうした英語からの借入語を、元の英語のスペルと発音に戻して覚え、リサイクルすればすぐ使えます。(*20)
実は、これらのカタカナ表記の英語からの外来語が、native speakersの児童が読み書きに必要とされる基本的な語彙をすっぽりカバーしているのは驚きです。アメリカとイギリスの教育学者が以下のサイトで次のように述べています。
“Children need 100 key words to read”
“The Basic Spelling Vocabulary List”
これについては、筆者が現役時代より構築、導入、実践してきたLifelong Englishモデル、Project-based English Programを紹介する際に、詳しく述べたいと思っています。
日本語への英語や他の外国語からの借入語の数は膨張し続けています。その逆も真なりです。日本語話者である皆さんの語彙もその分増え続けています。言語は話者の意識とともに生きていますね。英語も含めて言語の語彙は宇宙のように膨張し続けています。母語であろうが外国語であろうが、どの言語も当然lifelongの付き合いになります。今回は英語の語数の変化を取り上げてみました。本コラムの過去の関連記事も併せてお読みいただければ幸いです。
第85回『英語の語彙を増やそう。語形成(1)』
第87回『英語の語彙を増やそう。語形成(2)』
第111回『語彙を増やそう。Sports Vocabulary 英語で「ストレート」「ジャストミートする」をなんて言う?』
(2019年1月15日記)
(*1)現代言語学では、phonetics/phonology(音声学、音韻論=音分析)、morphology(形態論=語分析)、syntax(統語論=狭義の文分析)、semantics(意味論=意味分析)を総称してgrammar(文法=言語体系=Language)と言います。
(*2)音では1400年頃から始まるThe great vowel shiftがあります。“The Great Vowel Shift”などを参照してください。英語学専攻を考えている読者は必見です。本稿でいつか取り上げます。英語音韻論には必須です。
(*3)Beowulf 8世紀初頭に書かれた古代英語期を代表する叙事詩。
(*4)日本語では、Beowulfと同じ頃の7世紀から8世紀に編纂された、日本最古の和歌4500首を採録した『万葉集』があります。音標の万葉仮名で表記されていますがカナに直せばなんとか読めます。ご存知の「ふたり行けど 行き過ぎがたき 秋山を いかに君が ひとり越ゆらむ(巻二・一〇六 大伯皇女)」など現代感覚で理解できます。もちろん注釈が必要でしょう。しかし、上記(*3)のBeowulfは注釈程度で読める代物ではありません。筆者はGeorgetown University言語学博士課程在学中に履修したThe History of Englishと称するコースでBeowulfを読みましたが、アメリカ人クラスメートも大変苦戦していました。これも英語学専攻を目指す読者には必須コースです。
(*5)ただし、動詞も時制や相に関わる完了形の“have (had)” や進行形や受け身形の“be” や “can”, “may” etc.の助動詞は、文法機能性が強くclosedクラスの機能語と考えます。ちなみに、本動詞としての“have”は内容語です。
(*6) 英語の機能語の原点は“Old English”に遡るでしょう。
(*7)「ゲームオーバー」「オーバーな反応(overreaction)」などの“over”は日本語に定着しましたが、この語は前置詞以外に副詞としても使われており、副詞(またはその形容詞的用法)として定着しています。野球で「オーバーフェンス」(柵越え)やバレーの「オーバーネット」の“over”は前置詞ですが、こうした状況以外の状況ではあまり見かけません。
(*8)運動会の玉入れ競争を連想させます。多言語の話者がそれぞれの「言葉の球」を「英語語彙」のカゴにどんどん投げ入れています。自分の文化を発信すればカゴに入れたい球が浮かぶでしょう。日本各地からこの玉入れに参加する人たちが増えていると聞きます。それぞれの地域は宝の山です。無形有形の特産をアルファベットに変えて投げ入れましょう。筆者の故郷、駿河湾の特産の一つに桜エビがあります。広重も見た薩埵峠からの富士、満開の桜、海を桜色に染める「桜エビ」を紹介すれば世界中が注目します。ちなみに、インターネットでalphabet入力し赤いアンダーラインが表記されなければGlobal Englishの語彙となった証拠です(例“maguro”)。残念ながら“sakuraebi”はまだ赤いアンダーライン付きです。発信が足りないからです。駿河湾にしか生息しないそうで、英語でNational Geography誌などに投稿すれば、世界中のmarine biologistsも注目するでしょう。発信途上の一例として“omakase”があります。インターネットで検索すれば沢山サイトが出てきますので、近い将来“maguro”と同じように赤いアンダーラインは消えるでしょう。
(*9)他の言語での外来語については“Lists of loanwords in ~”の~に該当する言語、例えば、“Japanese”とか“Vietnamese”とかを入れて検索してみてください。こうして調べて行くと、英語からの外来語かと思いきや、元々は、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、スペイン語などから英語に入ったものが、多少変化し、元の言語に「逆輸入」されたというケースも結構あるのではないでしょうか。余談になりますが、上記のサイトの言語別の項目を、さらに細分化してそれぞれの方言とスタイルに分けて見ると更に興味深いものになります。筆者の知る限りでも、アメリカ英語には日系1世の方言に派生したと思われた語が2世の使う英語に残っていました。関連してRice Universityの“Loanwords Major Periods of Borrowing in the History of English”と称するコースを見つけました。興味ある人は読んでみましょう。
(*10)このテストはreceptive vocabularyのテストで、productive vocabularyのテストではありません。単刀直入に言えば、聞いたり見たりして認識できる語彙数で、話したり書いたりするときの語彙数ではありません。どの言語でも話者のreceptive 能力はproductive 能力を上回ります。読めても書けない漢字は多いのもその一例です。
(*11)このサイトのテストの分析結果の詳細
(*12)記事には“living abroad”とありますが、必ずしも英語圏だけではなく、非英語国々に滞在であっても英語を話す機会が増えるであろうことを前提としているのでしょう。
(*13)集めたデータの平均値に基づいてmiddle ageで止まると言っているのでしょう。筆者はそれ以降に語彙数を増やしたnative speakersを多く知っています。筆者自身、middle age以降に日本語と英語の語彙数をかなり増やしています。
(*14)筆者は、これからの先端マルチメディアにおけるコミュニケーションは、言語メディアへの依存度は減り、他感覚メディアとの協働で行われるだろうと考えるので、言語の読解能力のみに特化したものより、包括的な物事の認識力の方が重要になるだろうと考えます。よってこのような調査結果を踏まえて児童にreadingを強要することには違和感を持ちます。無理な強要はかえって読書嫌いを作ります。本コラム第97回目で紹介したSir Ken Robinsonが述べるように、児童の表現方法は多種多様で表現力も多種多様であるからです。読書以外に児童の将来に有益な表現方法は沢山あります。
(*15)『日本国語大辞典』小学館
(*16)言語は複数の方言とそのスタイルから成ります。スタイルと関係してregisterがあります。次のLund Universityのサイトなどを参考にしてください。“Register and Style”Lund UniversityはOslo Universityなどと英語学では欠かせない英語データ集を編纂しています。
(*17)日本語は世界主要言語の一つです。世界中の言語で、高等教育の媒体言語として使用できる言語はあまり多くありません。日本語は語彙数の多さが貢献しています。漢字を使って造語する仕組みや、この後で述べるように、カタカナ表記で外来語を取り入れる仕組みがあるからでしょう。新しい概念や技術に対して色々な方法で命名し日本語の語彙として定着させてきました。『日本国語大辞典』(小学館)にも多くの例が見られますね。もし、日本語に女性形、男性形、中性形などの語活用があったらこれほど簡単には造語や外来語の借入はできなかったでしょう。英語は古代英語の複雑な活用を失い、動詞の三単現や時制などを残す程度で、汎用性が高くなりグローバル・メガ言語になりつつあるものと考えます。日本語話者に向けて造語や外来語を登録してもらうサイトを作ると面白そうですね。
(*18)『カタカナ英語でカジュアル・バイリンガル』(2003年 NHK出版 生活人新書)で、具体的に英語にリサイクルして使用する方法を提案しました。筆者が導入したProject-based English Programの授業や海外英語研修で、学生のpresentation, discussion, debateなどで示した実例に基づいたものです。