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話題校トップによる英語教育、国際化への想い
2013.10.08
新井一先生
順天堂大学 大学院医学研究科長・医学部長
前編に引き続き、「国際化」への取り組みと「英語教育」に関してのお話をお伺いしました。前編の内容はこちら
“英語力の評価としてTOEFL® テストが国際基準なのだという認識”
医療関係の国際化とは具体的にはどのようなことでしょうか
新井先生:
少しTOEFL® テストとはずれてしまいますがお話させていただくと、今、日本の医学教育会は黒船来襲で大変な状況になっています。ECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)という組織があり、アメリカから見て外国の医学部を卒業した人がアメリカの医師になるためには、ECFMG certificateを取得する必要があります。今までは、日本の大学を卒業して医師国家試験を合格すれば、ECFMG certificate取得のための試験の受験資格を得ることができました。ただこれが、2010年世界医学教育連盟(World Federation for Medical Education)の通知により、医学教育の国際基準に適合した医学部を卒業していなければ、この受験資格を得ることができなくなるということになりました。そしてその国際基準に適合することを2023年までに求めるということで、日本の医学界全体が医学教育のグローバルスタンダード化に取り組まなくてならなくなりました。実際のところ、日本におけるアメリカの医師国家資格の合格者は年間に80名前後とそんなに多い数ではありませんし、そもそもアメリカと日本で教育システム全体が全く違うので難しいこともありますが、いずれにしろ、日本の医学部における教育の「質」を問われている状況にあるのは事実なのです。国際基準に対応すべく全国の医学部が一致団結し、全国医学部長病院長会議などが中心になって対応策を考えています。もちろん、医学教育は英語でなく日本語で行えば良いのですが、その内容が国際基準に合致することが求められています。やはり、ここでも国際化というのは避けて通れない課題になっています。日本の国際競争力は、医学だけではなく全体的に少しずつ地盤沈下していると思われます。例えば、中国や韓国などがかなり台頭していることは、タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(*1)のアジア大学ランキング100位の発表をみると分かります。このランキング100位の中に日本は22校が入り1位の座を得ていますが、2位は17校で台湾、3位は中国で15校、4位は韓国で14校でした。このランキングにも、どんどん日本以外のアジアの大学が増えてきていて、5年後には台湾や中国に逆転されることも考えられます。日本の地盤沈下を防ぐためには、医学を含む教育界全体の国際化をしていかなければならないと思います。
順天堂大学が行っているまたは、目指している「英語教育」を教えてください
新井先生: 我々としても英語を重視した医学教育をやっていこうということで、ずいぶん前から、TOEFL ITP® テストを学生に対して実施しています。また、今年からいよいよ、1年生全員にTOEFL iBT® テスト受験を義務化しました。日本のサイエンスの分野における国際化ということにおいて、英語教育というのはベーシックなツールとして必須です。英語ができた上で研究をし、それを世界に言葉の壁を苦にする事なく発信することのできる医師や研究者を育成することが、日本の医学部にとっては重要だろうと思い、英語教育を重視しています。少し、大きな枠で話をすると、医学というのはコミュニケーション、医療を行うということは、患者さんとのコミュニケーションであると言えます。そういった意味では、英語という言葉を介して異文化と接する、外国の方と接する、外国の友人を持つということは、コミュニケーション能力をより高める素晴らしいトレーニングになるのではないかと考えます。このようなトレーニングは、日本語で患者さんと話すときにも反映される事は間違いないので、コミュニケーション能力を学生に育んでもらうという視点からも英語教育は非常に重要だと思いますね。
それから、更にもう少しプラクティカルなレベルの話になると先ほど話したECFMG certificate取得のための試験でも、実際に英語で診察するといった実地試験が課せられています。したがって、TOEFLテストのある程度のレベルがないと、当然のことながら受かりません。また、現在本学の6年生の海外実習では、30名程度の学生がアメリカ、オーストラリア、イギリスなどの海外に行っています。(*2)アメリカの場合、TOEFLテストが重要視されているので、ある程度のスコアを持っていれば、現地の医学部の学生と一緒に病棟実習への参加が許されるのです。ところが、英語能力がないと見学だけで終わってしまいます。それはそれで経験としていいのでしょうが、TOEFLテストをある程度クリアしている学生は、海外の医学部で2か月現地の学生と一緒に病棟実習を行うという、よりよい体験が可能になりますので、そういうことをもっとプッシュしていきたいと思っています。したがって、日頃、学生には、今述べたようなことをしつこく伝えています。もちろん、医学部卒業時には医師国家試験があり、それに合格しなければ卒業しても医師にはなれない訳ですから、そこは絶対クリアしなければいけません。一方で、医師、研究者としての将来を考えたときに、視野を広げて国際的な感覚を身に付ける、英語ができるとこういういいことがあるのだと言い続け、学生に英語を勉強するモチベーションを高めてもらいたいと考えています。ただ、医学部の学生の英語力については、一般的に入学直後がピークでそれから色々な教科が始まると英語力は徐々に低下する傾向にあります。そこで、受験勉強でない英語を継続して学習してもらうということで、1年生にはTOEFL ITPテストを年に2回、春と秋で行ってきましたが、先ほど申し上げたように今年から1年生に対してはTOEFL ITPテストに加えTOEFL iBTテストの受験を必須にし、英語教育にはますます力を入れています。
編集部: TOEFLテストに関しては、もともと医学部がTOEFL ITPテストを実施して、スポーツ健康科学部、医療看護、保健看護と今年から全学で行っていますね。
新井先生: はい。アメリカの医学部を学生が訪問する、あるいはそこで実習するといった場合、常にTOEFLテストスコアが求められることからも、英語力の評価としてTOEFLテストが国際基準なのだという認識です。世界に羽ばたく人材を育成するという目標があり、大学として学生の英語の評価にTOEFLテストを明確に打ち出したということです。
編集部: 昨今、テレビ・新聞などで大学入試や国家公務員試験にTOEFLテスト導入が検討されていますが、先生としてはどのようにお考えでしょうか。
新井先生: 少し生意気かもしれませんが、むしろ、我々の方が早かったのではないかと思っています。我々は随分以前からこういう考えでいましたし、TOEFLテストを実施していました。やりようだとか、スピード感だとかあるとは思いますが、目指す方向ということでは世の流れと一致したのではないかと思います。
順天堂大学の学生に「こうなって欲しい」という理想像をお聞かせください
新井先生: 基本的には患者さんの気持ちを理解し、「仁」の心を持った医療者になって欲しいということですが、医学の道には多様性があると思います。例えば、入学時から研究者を目指す人もいますし、地域医療に貢献したいという人、外科医の頂点を極めたいという人、色々なタイプの学生がいます。大学としては学生の多様な希望に応えるべく、こういう道に進むべきと押し付けることではなくて、学生が自らなりたいものへの道を作って、我々がうまく誘導してあげるということが大事であり、必要なのだと思います。まさに、学生の自主性というか、アクティブな活動を私たちがサポートする、医学部と言えども学生のニーズは多様化しているので、それに応える色々なプログラムを作っていく必要があるのだろうと思います。
TOEFL Web Magazineの読者へのメッセージをお願いします
新井先生: 英語は一つのツールですが、英語を介して色々な人と通じることもできるし、その中で、視野が圧倒的に広がります。それは医学部に限らず、どんな学部の学生でもそうだと思います。今の日本は成熟し、すべてに満足できるような社会で、そこに我々は暮らしています。が、そこの殻を破って、外に一歩踏み出すためにも英語が重要だろうと思います。私自身も留学経験があり、留学したことで日本の良さを改めて認識しました。是非、学生諸君には英語を勉強して海外に目を向けて、飛び出して欲しいと強く思います。
*1 タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(Times Higher Education, THE)
英教育専門誌。アジア地域の大学100校のランキングを発表。日本の私学では3校が入りそのうちの1校に順天堂大学がランクインしている。(2013年7月現在)
*2 順天堂大学が行っている海外実習のある国や施設に関して
実習実績のある海外施設
順天堂大学 大学院医学研究科長・医学部長 新井一(あらい はじめ)先生プロフィール
1979年3月 順天堂大学医学部 卒業
1979年5月
第67回医師国家試験 合格
1984年8月 順天堂大学医学部 脳神経外科学 助手
1988年12月 順天堂大学医学部 脳神経外科学 講師
1993年8月
順天堂大学医学部 脳神経外科学 助教授
2002年10月 順天堂大学医学部 脳神経外科学 教授(現在に至る)
2005年9月 日本脳神経外科学会 理事 (現在に至る)
2008年4月~ 20011年3月
順天堂大学医学部 附属順天堂医院 院長
2008年4月 学校法人順天堂 理事・評議員 (現在に至る)
2011年4月 順天堂大学大学院 医学研究科 科長・医学部長 (現在に至る)
順天堂大学
順天堂は、学祖佐藤泰然が、天保9(1838)年に江戸薬研堀に設立し、連綿と今に続く日本最古の西洋医学塾である。この医学部に加え、昭和26(1951)年に開設された体育学部(現在のスポーツ健康科学部)、明治29年(1896)年開設の看護婦講習所を前身とする医療看護学部、保健看護学部の4学部と6附属病院からなる。「健康総合大学・大学院大学」として教育・研究・医療を通じて社会貢献を進めている。
上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。