スペシャルインタビュー
英語を活かしグローバルに活躍されている方や話題の企業や団体にインタビュー
2014.01.09
吉田穂波先生
国立保健医療科学院 主任研究官 産婦人科医/医学博士/公衆衛生修士
3人の子育てをしながらハーバード大学に留学され、現在は5人のお子さんを育てている産婦人科医の吉田穂波先生に、ハーバード大学での生活や子育てをしながらキャリアを形成することなどについてインタビューしました。後編についてはこちら
“その場にふさわしい英語を使うことは高等教育のような場所では重要”
英語との関わりを教えてください
吉田先生: 両親が米国テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学に留学していまして、4歳から6歳までの2年間をアメリカで過ごしました。帰国後はあっという間に英語を忘れてしまいましたが、英語でコミュニケーションができたという記憶や「楽しかったなぁ」という思いが強く残っています。
編集部: 高校や大学の時点で留学は考えられていたのでしょうか。
吉田先生: 高校までは部活もしていたので、あまり留学ということは考えませんでした。中学・高校の時に数回、家族で以前2年間過ごしたテキサス州ヒューストンに行く機会があったくらいです。ただ中学のころから発音だけは自信があり、大学の時にはESSに所属していました。
編集部: 医師になってからの英語とのかかわりはどうだったのでしょうか。
吉田先生: 研修医時代を過ごした聖路加国際病院は、米国式の教育を多く取り入れているところだったので、カンファレンス等は全て英語で行っており、米国からもインターンや研修生が来ていましたので英語を使う機会は多かったと思います。産婦人科領域では欧米の方が医療は進んでいましたから、英語で書かれた最先端の情報を手に入れることができ、「英語ができると得をする」という感覚が身に付いていきました。また先輩たちも留学される方が多く、当たり前のように米国のレジデンシー(*1)を考えている方が多かったので、私も留学を考えるようになりました。
編集部: 現在産婦人科医として働かれていますが、医師を選択された理由をお聞かせください。
吉田先生: まず「自分が必要とされる」ことを非常に大事に思いました。また、弟や自分が医療のお世話になったということもあり、将来の職業は稼ぐ仕事(=Job)だけでなく「生きがい」(=Career)とも一致するものがいいと思っておりました。最終的には、母に「女性は資格があった方がいい」ということを言われたことも理由の一つです。
ハーバード大学で印象に残ったことをお聞かせください
編集部: ハーバード大学を目指すきっかけは何だったのでしょう。
吉田先生:
まず、臨床(*2)では現場に張り付いて、24時間365日病院にいないと高い評価を得られにくいという実情があります。自分自身に子どもが増えれば増えるほど臨床医として十分に働けないということがあり、すごく悔しい思いをしました。会社(病院)には申し訳ないし、子供にも申し訳ないという板挟みの気持ちの中で、「自分はこれだけ頑張っているのに、評価してもらえないのはおかしいじゃないか」との思いが強くなり、その状況を改善したく留学を決意しました。自分が臨床の現場にずっと張り付いていなくても評価される強みや自宅でパソコンに向かいながらでもできる貢献の仕方、例えば研究方法や統計・疫学的スキルを身に付けようと思い、ハーバード大学に留学することに決めました。
編集部: ハーバード大学で印象に残ったことはありますか。
吉田先生: まず学生が学ぶ姿勢からして「違う!」と感じました。
ハーバード大学での学生生活を始める前に3週間 Professional Communication Seminar(PCS)というコースを受講しました。このコースは海外からの留学生がハーバードの大学院で実際の講座を受ける前に必ず身につけておかなければいけない準備講座のような内容です。具体的には下記のような内容の講座です。
①タイム・マネジメント
②Critical ThinkingやCritical Argument、Critical Writingとは何か
(吟味して考え、読み、ものを言い、書く=表現する能力を身に付ける)
③データや根拠を示しながら意見を述べる
④ピアレビューの方法
(一つのテーマについて、お互いに異なった方向から議論し吟味する)
⑤仲間とのグループ・ワークの方法
(いかにお互いの価値を尊重するか、どんな権利があるか、反論の示し方、交渉術など)
ハーバード大学、特に大学院では、アジア流の個人でコツコツ勉強し良い点を取る、という勉強方法ではなく、仲間と一緒に切磋琢磨し、助け合いながら良い点を取るということが推奨されます。個人が自分の成果物を他の人に隠して仕上げるよりも、他人のアイディアや助けを借り、コラボしてより良いものを作り上げたチームが勝つ、という考え方です。また同時に、タイム・マネジメントや周囲の助けを借りる方法、お互いに心地よく感じるような交渉術も必須と言われています。これが、「学ぶ」前の段階で必要となることであり、前提であるということに、私は大変ショックを受けました。
授業では、「とにかく発言をして自分がコミットメントすることが大事」ということをとことん言われました。オーラルプレゼンテーション、ピアレビューなど、仲間との間で切磋琢磨して1+1を2ではなく10や20にしていくことが重要だということです。それは、お互いの体験をシェアするだけでなく、ミックスして昇華してもっといいものにして、一般化できるようにしていく、そういうやり方が推奨されていることに私は目から鱗が落ちる思いでした。自分個人の意見を発言するにとどまらず、もっといいものにしていく、他の人にも使えるものにするということが、集団授業の大事な部分だからこそ「発言することに意味がある」ということをそこで学びました。
また、例えば自分がプレゼンをする時に、Veryとか、Reallyなど、乏しいボキャブラリーで話していたら、「こういう時はVeryじゃなくてこういう強調の言い方もあるよ」「こんな洗練された言い方があるよ」等、同じほめ言葉にしても10、20もバリエーションがあることを教えてもらいました。言い換えの表現ができると「学」があり「品がある英語」といいますか、きちんとした英語を使っていると相手に感じてもらえますし、議論していても相手に攻撃的にとられないということもあります。英語では敬語はないと思われたりしていますが、それなりに相手を尊重しているとか、その場にふさわしい英語を使うことは高等教育のような場所では重要だと思います。
特に、ハーバード大学では「リーダーになれ」と毎日言われる環境ですから、「学のある英語」というものを非常に重要視しています。留学する前に、TOEFL® テストの受験勉強で言い換えの表現に関して勉強しましたが、そのことは後々非常にありがたいと感じました。
学生の間に「身に付けておくべきこと」をお聞かせください
吉田先生: 多種多様なバックグランドを持つ人との出会いやコミュニケーション、私の本(*3)にも書きましたが、他者の助けを快く受け入れる受援力、苦言もフィードバックと受け止めること、前向き質問で考えることです。
最近もある大学のポストドクター(*4)の方を対象とした講演で「どういう勉強の進め方をして、どうやって海外へ羽ばたきたいのか」というような話をさせていただいたのですが、「○○歳で結婚して、○○歳で妊娠して」とか「どういうやり方が得なのか」と、すごく段取りを先回りして考えられている学生さんが多くいらっしゃいました。でも、人生は考えているようにはいきません。どんなに先々のことを考えていても、考えているようにはいかないものですし、計画と違ったからといって悩んでも職場にとっても家族にとっても何のメリットもないわけですから、プラスになるような考え方をしていきましょう、と話をさせていただきました。
また、私は現在子どもが5人おりますが、親となるメリットはとても大きいと思います。私は疫学統計学の専門家なので色々な論文を調べておりますと、「子どもを持つと母親の病気がすごく減る」「平均寿命が延びる」「健康状態が改善される」「夫婦の絆が深まる」などの結果が証明された形で出ております。子どもができれば男性にとっても地域社会との繋がりができ、自分の肩書とは関係ないアウェイな場所で活躍できることがすごくいい経験になります。講演や講義の場では、子どもを持つことはネガティブなことではなく、メリットがたくさんあるということもお伝えしております。
(*1)レジデンシー:アメリカで、大学卒業後の研修を受けている医師、特に内科、外科、 小児科、産婦人科などの、いわゆるプライマリーケアと呼ばれる部門で働く医師の 1年目を呼ぶことが多い。
(*2)臨床:実際に患者に接して治療を行うこと。臨床医と言った場合、内科、外科、 小児科、産婦人科などで、実際の治療にたずさわる医師を指す。
(*3)『「時間がない」から、なんでもできる!』 サンマーク出版刊 吉田穂波(著)
(*4)ポストドクター:博士号取得後に、任期を決めて大学の研究職に就いている人。博士研究員。「ポスドク」などとも呼ばれる。
吉田穂波先生 プロフィール
国立保健医療科学院 主任研究官/産婦人科医/医学博士/公衆衛生修士。
1998年三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院産婦人科で研修医時代を過ごす。2004年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、夫と3歳、1歳、生後1ヶ月の3人の子どもを連れて2008年ハーバード公衆衛生大学院入学。2年間の留学生活を送る。留学中に第4子を出産。2010年に大学院修了後、同大学院のリサーチ・フェローとなり、少子化研究に従事。帰国後、東日本大震災では産婦人科医として妊産婦と乳幼児のケアを支援する活動に従事した。2012年4月より現職で公共政策のなかで母子を守る仕事に就いている。2013年11月に第5子を出産し、現在1男4女の母。
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