キャリアを広げて世界に羽ばたく

女性のキャリアを考える。グローバルに活躍するためのヒント

吉田穂波氏
  • 吉田穂波先生
  • 国立保健医療科学院 主任研究官
    産婦人科医/医学博士/公衆衛生修士

第3回 留学準備と時間の使い方

皆さんも、目の前のことに追われて、「もっと時間があったら・・・」「いつか時間が出来たらしよう」と、本当に意義のあることを先延ばしにするということはありませんか?

留学をする前の私も、もっと広い世界を見たい、もっと自分を高めたいと思いながら、産婦人科医として待ったなしのお産や時間を問わずにやってくる命の誕生と向き合い、家では2人の子どもを抱え、朝から晩まで自分の時間がまったくないと言ってよいほど慌ただしい状態で、ワーク・ライフ・バランス、どころか、ワーク(職場でも仕事)・ワーク(家庭でも仕事)がずっと続いているような毎日でした。どれだけ自分が精一杯働いても、使える時間は一日に24時間だけですので、仕事か家庭かの選択に迫られることもありました。仕方がないことではあるのですが、例えば子どものお迎えのために夕方や祝日の診療ができないと、上司からも「大変そうだから、今は色々任せるのは無理だね」と言われ、自分は期待されていないのでは、と思ったこともあります。

私が医師として働き始めた1998年当時、女性産婦人科医師の6割は30代になると第一線の勤務から離れるという現状がありました。調査などから分かっている理由は主に3つありますが、一つは結婚相手の7割が多忙な男性医師で、夫に育児・家事の負担を期待できないことが挙げられます。また、9割以上の女性医師が専業主婦の母親に育てられており、自分の生育環境の背景にある「3歳児神話(3歳までは母親が子どもを育てるべき)」が根強く存在し、母親と医師という役割が二律背反して葛藤を生み出しているということもありました。第三に、勤務先の病院や大学の勤務体系が男性医師の働き方をスタンダードとして成り立っており、当直や時間外勤務、主治医制(受け持った患者さんのことであれば勤務時間に関係なく主治医がいつでも呼び出されるシステム)、女性医師の子どもの預け先がないことなど、女性医師の勤務環境が整っていないことも要因として挙げられています(米本,2014)(*1)。

その頃の私は「どうしてこんなに頑張っているのに評価が低いんだろう」と、被害者的思考で考えてしまい、「職場にいる時間は短くても、この職場にはあなたが必要だと認められたい」「子育て中でも、周りより劣っていると思われたくない」というような負けず嫌いな気持ちがありました。勉強するための時間はありませんでしたが、何度か学会発表のために統計・疫学研究をした経験から、在宅でもある程度自分のペースで進められる臨床研究の道があるかもしれないと気づきました。24時間、365日現場に張り付いていなければならないバリバリの勤務は難しくても、これならば自分でコントロールできるかもしれない。それと同時に、研修医時代、聖路加国際病院で読んだ数々の医学論文に対する憧れの気持ちが湧き起こりました。子どもの体調不良、保育園の送り迎え等で仕事が中途半端なまま職場を後にするたび、だらしがないと思われていないかという引け目が常にありましたから、海外留学で自分の守備範囲を広げ、研究面できちんとした仕事が出来れば挽回できるのでは、という新たな希望が湧きました。

私が海外留学にチャレンジしてみようと思ったのには、もう一つ大きなきっかけがあります。ヨーロッパから帰国してすぐに、長女が重い肺炎にかかったのをきっかけに、ぜんそくを発症したことです。頻繁にぜんそくの重症発作を起こし、入院をし、そのたびにぜんそく症状と辛い治療とで苦しむ我が子を見て胸が張り裂けそうになりました。夜も寝ないで病室のベッドに付き添い、退院してもまた風邪をひいたらどうしようとヒヤヒヤすることの繰り返しでした。「子どもが風邪をひく」ではなく、「母親の私が子どもに風邪をひかせた」、と感じて自分を責めてしまうこともありました。

しかし、自分の心は正直です。落ち込みや忙しさの中で先送りにしていた「向上心が満たされない」というモヤモヤを抱えたままにしていると、なんだか落ち着かない気持ちになってきました。「なんだかハッピーではない」というのが正直な気持ちでした。周りに愚痴を言い、嘆いていた自分の中に、「このまま悲劇のヒロインでいいの?」という、現状に対する疑問が湧いてきたのです。

この状態を何とかすべく、まず「どうして勉強したいのか」「何を勉強したいのか」「それを勉強して何をしたいのか」という答えを探し始めました。上へ引っ張られる張力のような、自分を引き上げる内的なモチベーションが必要だったのです。どう生きたいのか、どんな自分でありたいのか、という人生のビジョンをじっくり考えたことがなかった私は、もともと本が好きだったため、自分が打ち込めるもの、燃やせるものを求めるため、自分をワクワクさせ、気持ちを明るくするような本を探し回り、多くの自己啓発書にめぐり合いました。

ビジネスマンの中で圧倒的な人気を誇り、ベストセラーとなっている『7つの習慣』(*2)にも時間のマネジメントや、人生を自分の思うように進めるヒントがたくさん詰まっていました。思考や気分は変えることができる、起こった事柄に対して反応する方法は自分で選択することができる、自分の考え方を変えれば見え方も変わる、というフレーズには、大きくうなずきました。

また、優先事項を優先する、という項目では、自分の人生にとって先行投資となる重要なことに時間を割くための具体的な時間管理術、手帳術に関する内容が書かれており、早速、今、自分が目指している留学のための勉強に時間を割くべく、自分がやらなければいけないこと、やりたいことをこの時間マトリックス(図1)に分けて書き出し、手帳を作って実践しました。

アイゼンハワーはこう言っています。

Most things which are urgent are not important, and most things which are important are not urgent.
緊急のことのほとんどは、重要ではない。そして重要なことのほとんどは、緊急ではない。
-Dwight D. Eisenhower

ビジネス本には仕事をどのように効率よく進めるか、についてしか書かれていませんが、仕事も家庭も同時並行に進める私の場合、このタイムマネジメント術をいかに家庭に応用できるか、というのが自分のチャレンジでした。


図1. 時間のマトリックス

 

例えば、緊急で重要なことと言えば、私の場合は、日々の料理、掃除、洗濯、保育園の用意、送り迎えなのですが、これを全部母親が出来ないといけないのではなく、出来るだけアウトソーシングすることにしました。最初は抵抗がありましたが、これも、長女がぜんそくで入退院を繰り返す間にシッターさんやヘルパーさんを頼み、物理的にも精神的にもとても楽になった成功体験から、だんだんと抵抗がなくなりました。ヘルパーさんに美味しくて体に良い料理を作ってもらい、洗濯物も片づけてもらう。その代わり、自分は自分にしかできないこと=子どもと話し、向き合い、自分が感じている限りの愛を伝える。私はこのような形で、優先事項を大事にし、自分が働いていることで子どもと接する時間が短いことに対する負い目や忙しさに消耗することなく、子どもへの愛情や、仕事への情熱をうまく活かそうと試みていました。

もう一つ、私が忠実に参考にし、実践したのは『3週間続ければ一生が変わる―あなたを変える101の英知』(*3)という本です。

It is not enough to be industrious; so are the ants. What are you industrious about?
忙しさにこれで十分と言うことはない。蟻も忙しいのだ。問題は、何にそんなに忙しいのかと言うことである。
-Henry David Thoreau
It’s not because things are difficult that we dare not venture.
It’s because we dare not venture that things are difficult.
困難だから、やろうとしないのではない。やろうとしないから、困難なのだ。
-Lucius Annaeus Seneca

この本の中にあったこれらの格言が私の胸にグサッと刺さりました。今の生活を何とかしたい、向上したいと思いながら、目の前のことに振り回され、子どものこと、家庭のことを言い訳にしている。そういう自分に自己肯定感を下げられ、愚痴を言いながらも何も前向きな行動を起こさずにいる。そのことでまた自信を無くし、自分が新しいことに挑戦する勇気を出せずにいる・・・。このままではいけない、と思ったのです。そのためには目標を達成するための時期と行先を決めよう、と思っていた時に運良く3人目を授かったため、産休が取れる出産前後を海外留学するベスト・タイミングとして設定しました。また、アメリカで健康についての学問を学び、自分で研究できる技術を身に付ける、という目標を見つけ、それに向けて進むことにしました。進む際のモチベーションの上げ方、人と会い、話す力を推進力にする方法については連載第2回(やってみてから考えよう(モチベーションの上げ方))でお伝えした通りです。

アメリカ全土の公衆衛生大学院はオンラインの書類審査で一度に何校でも受験できる制度です。目標を絞り込んだのが2007年の7月。締め切りが12月に迫っています。でも、私は、今年受験しなかったら後がない、と自分に思わせることで生みだされる火事場の馬鹿力を信じていました。

(*1)米本倉基.(2014)『女性医師のワーク・ライフ・バランスに関する質的研究』 日本医療・病院管理学会誌 P17-25
(*2)『7つの習慣』 キングベアー/スティーブン・R. コヴィー(著)
(*3)『3週間続ければ一生が変わる―あなたを変える101の英知』 海竜社/ロビン・ シャーマ(著)

  • 吉田穂波先生
    国立保健医療科学院 主任研究官
    産婦人科医/医学博士/公衆衛生修士
  • 1998年三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院で研修し、2004年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務を経て、2008年3歳、1歳、生後1か月の3人の子供を連れてハーバード公衆衛生大学院入学。2010年に大学院修了後、留学中のボストンで第4子を出産。帰国後、東日本大震災では産婦人科医として妊産婦と乳幼児の支援活動に従事し、2012年より現職にて公共政策の現場で活躍。9歳から0歳3か月まで5児の母。著書に「『時間がない』から、なんでもできる!」(サンマーク出版)、「安心マタニティダイアリー」(永岡書店)など。
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