キャリアを広げて世界に羽ばたく

女性のキャリアを考える。グローバルに活躍するためのヒント

吉田穂波氏
  • 吉田穂波先生
  • 国立保健医療科学院 主任研究官
    産婦人科医/医学博士/公衆衛生修士

第6回 ハーバードで身につけた「生きる力」 ―前編―

第7回(次号)で、この「キャリアを広げて世界に羽ばたく―女性のキャリアを考える。グローバルに活躍するためのヒント」という連載を終えるにあたり、キャリアをデザインする上でこれは役に立つかもしれない、ということを読者の皆さんにお伝えしたいと思います。

産み時を考えた「ワーク・ライフ・デザイン」や、出産とキャリア形成が重なっても同時並行で進めることのメリットについては、これまでもお伝えしてきましたが、ハーバード大学(以下、ハーバード)で学んだものはそれだけではありませんでした。ここでの2年間は、学問や知識を得た以上に、知識を実践し、サバイブすることを学びました。知識を行動に移すための「コーチング」の技法がアメリカでも浸透していましたし、「ネゴシエーション」や「アサーティブ・コミュニケーション」のスキルを否が応にも実践せざるを得ない厳しい社会でした。というのも、私が学生として留学したため、職も収入もなく、それまでのキャリアが通用しない弱い立場だったからです。誰かの助けを得ずには生きられない状態で、私は、「人の協力を得ることはいいことだ」という肯定感や「人に助けたいと思わせる」ことの重要性を学びました。そして、既にあちこちの本で読んでいた「成功した人は誰でも、他の人々の協力により成功を勝ち取ってきたのだ」ということを、体感したのです。

東日本大震災(以下、震災)を機に、人間関係や社会関係、特に周囲の人との結びつきの大切さが全国で見直されるようになりました。非常時だけではなく平時の生き方にも通じる「助けを求めたり、助けを受け止める心構えやスキル」=「受援力」(じゅえんりょく)。この原型を、私はハーバードでの子連れ留学生活で感じ取っていました。留学中は、まだ実体のない、言葉を持たない能力であり、どのように人に伝えたらよいのか、自分の中でも一般化、体系化されていなかったのですが、留学後の震災支援活動の中で、このハーバードで身につけた

  • ・ネゴシエーション
  • ・アサーティブネス
  • ・アンガー・マネジメント

のスキルが、実は、生き抜く上で非常に有用だということがわかってきたのです。

この「受援力」は2010年、内閣府が「ボランティアを地域で受け入れるためのキーワード」としてパンフレットを作成し、震災後に少しずつ広まり始めた言葉だといわれています。狭義には「支援を受け入れる心構えやスキル」ですが、震災とその後の社会状況から、「助けを求めたり、受け止めたりする力」として、より広い意味で再定義されつつあります。

私が5人の子どもたちの母親であると同時に、医師として研究者としてキャリアを積み上げて来られたのは、自身のバイタリティだけではなく、多くの人から助けられてきたおかげです。「私自身が、『他者に助けを求め、快くサポートを受け止める』受援力の実験台として試行錯誤してきた」と思えるほど、子連れ留学生活や、その後の被災地支援、そして現在のワーク・ライフ・バランスは受援力の実践的なノウハウや心構えに支えられて成り立っています。

震災後、人道支援や災害医療の知識も持たぬまま、ただ「妊婦さんたちは、赤ちゃんたちはどうしているのだろう。何か力になりたい。」という強い思いに突き動かされて「支援する側」として被災地支援に向かった私は、当初は支援チームの一人の医師という立場でしたが、ハーバード仕込みのリーダーシップと持ち前の「受援力」により、次第にチームのプロジェクト・マネジメントを引き受けるようになりました。しかしながら、本業の合間を縫っての支援活動では、支援の範囲やタスク、責任がどんどん重くなっていき半年でバーンアウトしてしまいます。抑うつ状態で悶々としている中、「被災地における受援力」「支援者の受援力」について考え続けていました。私が自分の状態や感情労働の負担を把握できず、早めに人に頼むことができなかった、その失敗から学びたいともがきながら、「助けを求める力」=「受援力」の必要性を痛感していたのです。

今や日本人の15人に1人はうつ病にかかるといわれ、私の専門である産婦人科分野においては「10人に1人が産後うつになる」と言われています。背景には、日本社会の閉塞感とともに、「他人に迷惑をかけたくない」という世界でも稀に見るCourteous な国民性があります。権利を主張することをよしとしない国民性が、自らを苦しめているのです。だからこそ「権利に基づいて相手に“要求”するのではなく、自分のして欲しいこと、助けて欲しいことを上手に伝え、感謝しながら助けを受け止める技術」=「受援力」が必要とされているのではないか。自分の失敗経験、抑うつ経験の中で、「助けてと言えない」問題を、自分事として捉え直すことができました。

そして、留学生活と被災地支援活動を通して学んだ「受援力」という新しい考え方を伝えることは、グローバル化の中で戸惑っている人や被災者だけでなく、普通の生活で苦しんでいる人、声を上げられず悩んでいる人にとって、大きな希望になるのではないかと思ったのです。

ハーバードの社会疫学講義を聴き、格差問題について論じている時に、日本社会に詳しい教授から言われたことがあります。「アメリカでは人種格差が大きいけれど、日本ではジェネレーション格差が大きいね、ジェンダー・ギャップ以上に、世代間の豊かさや経済状況、希望や将来の見通しが大きく違う。これが日本特有の問題ではないのか」と。外から日本を見てみると、確かに現在の日本で閉塞感を感じている若者、ニートや、うつ傾向のある人、女性の健康状態などに、この世代間格差の影響が見られるようです。そのことを思い出し、次世代の幸せのためにも、この「受援力」が生かせるかもしれない、と思いました。

ハーバード時代を生き延びた具体的なノウハウは拙著(「『時間がない』から、なんでもできる!」サンマーク出版)にも書きましたが、留学中のドイツで第1子を出産、さらに夫の留学に付いて産後3か月でロンドンへ渡り子育てをする中で、他人に甘えることがどんなに大変かを痛感しました。それまでの完璧主義や自分一人でやり抜くスタイルを捨て、家族以外の人の手を借りることに挑戦し、「自分一人が孤独に闘っても子どもに良い影響は与えられない」ことに目覚めました。しかし「育児に人の手を借りるのは恥、自己中心的、我儘、と感じてしまう」こともあります。それならば、自分が罪悪感を抱かないためにも「いかに『人の役に立ちたい気持ち』を引き出すか」そして「母親が支えられることで子どもに良い影響を与える」「子どものためにも母親は他人の力を借りよう」「自分が余裕を持った子育てをしていいんだ」という気持ちを持ち続けようと自分に言い聞かせてきたのです。

キャサリン・ヘプバーン(米国の女優)はこのような名言を残しています。

If you obey all the rules, you miss all the fun.
(すべてのルールに従えば、すべての楽しみを取り逃がしてしまうわ)
-Katharine Houghton Hepburn

自分で思い込んでいるルールや足枷を取り払い、人に助けを求め、助けてもらった分は感謝と喜びで恩返しをすること。アサーティブ・コミュニケーションで使われるような言葉を入れれば頼まれる側の受け取り方が劇的に変わること。ハーバードで多くの人に助けられながら生き抜き、震災支援経験で「支援者」としてどうしても人に助けを求められず、燃え尽きた経験を経て、助けを求めるスキルの必要性を痛感しました。

最終回(2014年10月28日更新予定)は、第7回 ハーバードで身につけた「生きる力」―後編―をお送りします。

  • 吉田穂波先生
    国立保健医療科学院 主任研究官
    産婦人科医/医学博士/公衆衛生修士
  • 1998年三重大学医学部卒業後、聖路加国際病院で研修し、2004年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務を経て、2008年3歳、1歳、生後1か月の3人の子供を連れてハーバード公衆衛生大学院入学。2010年に大学院修了後、留学中のボストンで第4子を出産。帰国後、東日本大震災では産婦人科医として妊産婦と乳幼児の支援活動に従事し、2012年より現職にて公共政策の現場で活躍。9歳から0歳3か月まで5児の母。著書に「『時間がない』から、なんでもできる!」(サンマーク出版)、「安心マタニティダイアリー」(永岡書店)など。
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