For Lifelong English

  • 鈴木佑治先生
  • 立命館大学生命科学部教授
    慶應義塾大学名誉教授

 

第66回 Do you stay single or double? — ダブル・ディグリー・プログラム到来か

つい先日、かのパリ政治学院(シアンス・ポ / Sciences Po)(*1)と慶應義塾大学経済学部がdouble degree programを始めるという記事(日本経済新聞2013年11月25日21面「大学欄」)を読みました。筆者は、1978年から2008年まで慶應で教員をしておりました。SFCに移籍する1990年まで経済学部で英語を教えておりました。このような斬新な試みを取り入れたことに敬意を表します。本稿執筆中の12月2日付けのSciences Po公式サイトには、

Sciences Po strengthens cooperation with Japan, signing two new dual degree agreements with the University of Keio and the University of Tokyo

と、新たに慶應と東大との間でダブル・ディグリー(double degree program)プログラムを始める旨のプレス・リリースがありました。そこで、同サイトの“dual bachelor degree”を見ると、その中に国際ダブル・ディプロマ・プログラム “double diploma internationaux”があって、Columbia University、 University College London、 l'Université de Keioの3大学がリストされています。その一つの“Double diplôme avec l'Université de Keio”には、当プログラムが厳選されたものであること、シアンス・ポのLe Havre校と慶應大学経済学部でそれぞれ2年ずつ、合計4年のプログラムであること、そして、両校での授業は全部英語で行われる(*1)とフランス語で書いてありました。筆者は、慶應の英文科で第2外国語としてフランス語を履修しました。授業では、カミュなどの文学作品からソシュールなどの言語哲学書まで幅広く原書で読んだ経験があります。慶應には文学部以外にも優秀なフランス語の先生がおり、フランス語に堪能な経済人も多く輩出していることを考えるとシアンス・ポでの授業は、少なくとも英語とフランス語の併用で行ってほしいと思ってしまいます。

ダブル・ディグリー・プログラム(double degree program)は、デュアル・ディグリー・プログラム(dual degree program)とかジョイント・ディグリー・プログラム(joint degree program)とも呼ばれ、近年ヨーロッパを中心に、アメリカ、オーストラリア、カナダなどの大学で導入が進んでいるようです。ネットでヒット数をみると、2013年12月3日現在では約 385,000,000件あり、特に、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学などのイギリスの大学が盛んで、アメリカでもハーバード大学、スタンフォード大学、MIT(*2)など主要大学も負けずに導入しています。日本の大学でも導入していますが、上記の英米の大学のダブル・ディグリー・プログラムには、それぞれ約20,000,000件以上のヒット数があるのに比べ、日本のそれはぐっとヒット数が減ります。ここでも日本の大学は遅れをとっているのでしょうか。

そもそも、ダブル・ディグリー・プログラムとは何でしょうか。アメリカを例に説明してみましょう。アメリカでは、 学士号(bachelor’s degrees)はB.A.(Bachelor of Arts)と B.S.(Bachelor of Science)に、修士号(master’s degrees)はM.A.(Master of Arts)、M.S.(Master of Science)、M.B.A.(Master of Business Administration)に、博士号(doctoral / doctorate degrees)はPh.D.(Doctor of Philosophy)、LL.D.(Doctor of Laws)(*3)、M.D.(Doctor of Medicine)(*4)などに枝分かれします。ダブル・ディグリー・プログラムとは、学部レベルを例にすると、哲学でB.A.を、数学でB.S.といった具合に、卒業時に異名称の学士号を2つ同時取得することです。ダブル・メジャー・プログラム(double major program)とは違います。例えば、哲学と歴史学の2つを専攻しても、両方とも取得学位はB.A.ですから、哲学と歴史の2つのメジャーを専攻するダブル・メジャーとなりますが、ダブル・ディグリーにはなりません。

同一大学でのダブル・ディグリー・プログラムは非常に頻繁に行われていますが、最近では、国内外の2つ以上の大学間でのダブル・ディグリー・プログラムが盛んになって来ました。中でも、ボストン市近郊にあるハーバード大学とMITは立地とそれぞれの特徴を活かして、サイエンス系、社会科学系、人文科学系を融合させたダブル・ディグリー・プログラムがあります。“double degrees MIT”または“double degrees Harvard”と打ち込み検索して調べましょう。要は、同レベルの大学がコラボレーションして行っているわけです。Sciences Poもパリ大学をはじめとする相当多くの国内外の大学と行っており、慶應の経済学部もその一つです。

日本でも始めたいところですが、ダブル・ディグリー・プログラムを導入するには、従来の学部縦割りの知識伝授型プログラムでは不可能です。学問間の横断・融合を前提として、未知の知に挑戦する問題発見・解決型で、コミュニケーション・発信型の素地が必要になるでしょう。Sciences Poや他大学のサイトにも学生と教員との密なるコミュニケーションが謳われ、integration(融合)とかtrans-disciplinary(学問横断)ということばが各所にみられます。

グローバル化は国境を越えて個々人の融合を生みました。ダブル・ディグリー・プログラムを行うには、学問間の垣根を越え、それぞれが激しくぶつかり合って融合するという、いわば、星の誕生過程に似たカオス(混沌)の過程を通る覚悟が必要です。しかもそのカオスの中にシステムを見出せないことになると、単なるカオスで終わります。事実、ネット上にはジョイント・ディグリー・プログラムと称しながらも、そうした努力が欠けていることへの苦情が寄せられています。グローバル社会の大学が避けて通れない問題です。教員だけではなく、学生にも同じ姿勢が求められます。これから留学する人たちは是非調べてみましょう。学士入学制度などを利用すれば、今でも2つのディグリーを取ることはできますが、ダブル・ディグリー・プログラムは時間と経費においても経済的です。

これに備えて、GRE、GMAT、LSATなどのテストを融合したdual版、あるいは、ハイブリッド版が必要になりそうです。また、多くのダブル・ディグリー・プログラムで、教育媒体語を英語のみで展開しているようですが、当事国同士の言語、文化を取り入れた特徴ある独自コンテンツを提供しなければ、英語圏の大学の圧勝に終わるでしょう。ブラックホールに飲み込まれて果てるか、抜け出すかはコンテンツ次第です。

欧米の大学ではダブル・ディグリー・プログラムはかなり浸透していると見え、入学志願者がsingle degree programにするかdouble degrees programにするかで迷うようです。あるネットの関連記事のタイトルは“Do you stay single or double?”でした。いみじくもこの記事を書き終えた2013年12月10日の日本経済新聞に、文部科学省が日本の大学と海外の大学のジョイント・ディグリー・プログラムを認可するとの記事がありました。各大学のパートナー探しが活発になるでしょう。コンテンツの質が成否の鍵を握ります。

 

(*1)正式名称はL’Institut d'Etudes Politiques de Paris。社会科学系のグランゼコール(Grandes Écoles)で、フランス屈指のエリート校。 略称はIEP、通称はシアンスポ (Sciences-Po)。
(*2)米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市にあるマサチューセッツ工科大学(英語: Massachusetts Institute of Technology)の略称。
(*3)法学博士号。法務プロフェッショナルを養成するlaw school(法科大学院)を修了すると得られるJudicial Doctor (J.D.)とは違い、a research degreeです。
(*4)超難関のmedical school(大学院)修了で取得する学位で、専門により細分。

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