アメリカの大学や大学院への留学には、TOEFL iBTテスト, SAT(Scholastic Assessment Test)、 GRE(Graduate Record Examination)、GMAT(Graduate Management Admission Test) LSAT(Law School Admission Test)などのテストを受けなければなりません。読者の中にはその準備をしている人もいるでしょう。これらのテストは量・質いずれにおいても日本の大学や大学院の入学試験の英語問題を遥かに越えます。特に難解な語彙に苦戦を強いられます。その対策として、今月号では、語形成の話をします。難易度の高そうな語彙も仕組みを分析してみればそれほどではないことに気づくでしょう。
筆者は今を去る事40年前の1973年にGeorgetown大学大学院で英語学者故ロス・マクドナルド(Ross MacDonald)教授のMorphology and Syntax(英語形態論・統語論)を取りました。その時に筆者が取ったノートより、語形成に関する一部分を抜粋し、初心者用に分かり易く解説します。(*1)
ungentlemanlinessという語を取り上げてみましょう。読者は初めて接する語でしょうが、この語をun- + gentle + man+ -ly + -nessの5つに分解すれば、推察できるはずです。un-はfair やnecessaryなどの形容詞に付くとunfairやunnecessaryなどの反対の意味の形容詞ができます。gentleと言う形容詞とmanという名詞を合体させるとgentlemanという複合名詞が出来ます。-lyには2つあります。slowなどの形容詞の語尾に付けて副詞slowlyに変えるものと、manなどの名詞の語尾に付けてmanlyという形容詞にするものがあります。この例では後者が該当しますね。-nessをkindなどの形容詞の語尾に付けるとkindnessなどの名詞が出来ます。みな日本の中学校や高等学校で学習するものです。
gentleとかmanはそれぞれsimple word(単純語)と言います。gentlemanのように2個以上のsimple wordが組み合わさったものをcompound word(複合語)と呼びます。それ以外にcomplex word(複成語)というのがあります。後で説明します。
un-や-lyや-nessなどはaffix[es](接辞)と言われ、単純語や複合語などの語に付けると異なった品詞、または、品詞は同じでもまったく新しい意味の語が派生します。un-など語の頭に付くprefix[es](接頭辞)と -lyとか-nessなどのように 語尾に付くsuffix[es](接尾辞)があります。(*2)
affix[es](接辞)はinflectional(屈折的)とderivational(派生的)の2つに大別されます。inflectional affixはいわゆる名詞の複数形[-s]動詞の三単現[-s]、過去形・過去完了形、進行形、比較級・最上級を表す文法機能的なもので数は限られていますが(*3)、derivational affix[es]は数も多く、英語の語彙数を増やしてきた原動力です。従って英語のderivational affix[es]による語形成の仕組みを押さえれば難解な語も覚えやすくなります。
ungentlemanliness中のun-, -ly,–nessはみなderivational affix[es]です。この語は次のような順序で派生しました。(1)gentleとmanが結合しgentlemanという複合名詞、(2)その名詞を形容詞にする接尾辞-lyが付きgentlemanlyという(複成)複合形容詞、(3)それに形容詞を反対の意味にする接頭辞un-が付きungentlemanlyという(複成)複合形容詞、(4)それに形容詞を名詞にする接尾辞-nessがついて(複成)複合名詞ungentlemanlinessのできあがりです。接頭辞が何に付くかを考えれば順序が分かります。
さて、affix[es](接辞)は、単純語であれ複合語であれ、語の「頭」か「尾」に接ぎ足されるもので、prefix[es](接頭辞)とsuffix[es](接尾辞)に分かれますが、それらが接ぎ足される語はstem(幹)とかroot(根)と言います。若干定義の違いがありますが、ここでは接ぎ木に例えると分かりやすいのでstem(幹)を採用します。語のstem(幹)、すなわち語幹の頭に接ぐものは文字通りprefix[es]接頭辞、尻尾にされるものはsuffix[es](接尾辞)というわけです。ちなみにsimple word[s](単純語)にprefix[es](接頭辞)やsuffix[es](接尾辞)を付けたものをcomplex word[s](複成語: 例manly)、compound word[s]に付けたものはcomplex compound word[s](複成複合語: 例gentlemanly)と言います。
Derivational affix[es](派生接辞)の数は沢山ありますが、機能別に分類すると以下のタイプに集約されます。
図にすると次のようになります。副詞だけが「形容詞から副詞」を除き袋小路のようなデッドエンドで、それ以外はそれぞれの機能分類に複数個の接辞があります。
これらaffix[es](接辞)には時代の状況に応じたブームがあり、例えば、動詞に付けて別の意味の動詞にする接頭辞be-は、16世紀後半から17世紀のシェイクスピア時代に、「尋常でない位~」という意味で流行しました。動詞lieにbe- を付けた belieはその時代の名残ですが、単に「嘘をつく」から「裏切る」に近い意味で使われました。それに更に動詞を形容詞にする接辞-edを付けて形容詞にしたbeliedは 今でもbelovedやbewitchedなどとともに詩歌に使われています。しかし、17世紀以降はバイタリティーを失い今ではこの接辞を使う派生語は生まれていません。20世紀においてはsuper-とかanti-という接辞が流行しました。superman, superwoman, supermarket, antibiotic, antiaircraft などなど沢山あります。それらの派生語のうちどれくらいが次世代に残るでしょうか。多くのderivational affix[es]が現れては消えて行く中で、形容詞から副詞にする-lyや形容詞を動詞にする-ze(democtratize)のように、時代を超えてバイタリティーを持ち続けてきたものもあります。
いずれにせよ、多いと言っても数は限られており、機能と意味を理解すれば語形成のメカニズムを知る事が出来ます。
医学など専門用語は古代ギリシャ語やラテン語からの借入語(loan[s]/loan word[s])をしたものが多く、語幹のみか接辞も取り入れられて来ました。その(2)ではそうした専門用語の語形成に触れます。
(*1)このMacDonald教授の講義では指定教科書はなく、黒板に書かれた例を見ながらノートを取らされた。Randolph. Quirkほか著の文法書A Comprehensive Grammar of the English Language(1985, Longman)の全項目を網羅し、本稿ではこの授業の導入部の一部を紹介する。形態論・文法論に関心のある読者はQuirkほか著の大学生用の簡易版をお勧めする。
(*2)語中に付くinfix[es](挿入辞)もある。英語ではラテン語からの借入語の一部にごく稀に見られる。例、message → messenIger. なお、affix, prefix, suffixの複数形はそれぞれ、affixes, prefixes, suffixesである。
(*3)英語のinflectional affix[es]はみな語尾につく接尾辞で、文法機能的役割は強く、名詞か動詞か形容詞のいずれかに付き、品詞を変えない。例えば動詞のmove に-ing を付けた moving(現在分詞形)の品詞は動詞のままである。現在分詞と過去分詞にするinflectional affixesの-ingと-edは、動詞を形容詞にするderivational affixesの-ing(interesting)と-ed(interested)とは別の接辞である。
(*4)Macdonald教授は名詞のtax(課税)に-ee付けたものとしているが、employ-employee, examine-examineeなどの例を考慮すると、動詞のtax(課税する)に-eeを付けるとする方が自然。
(*5)副詞を名詞、動詞、形容詞に派生させるaffixesは無い。