For Lifelong English

  • 鈴木佑治先生
  • 慶應義塾大学名誉教授
    立命館大学客員教授

第88回 Nathan Harden氏の発言「アメリカの大学4,500校、50年以内に半減!」は極論か?

10年程前、筆者は教育関連のあるシンポジウムで、「50年後に大学は残っているでしょうか?」と発言したことがあります。直前に訪問したOxford、Cambridge、Manchester の3大学では、学費高騰で以前のように学生が集まらず、かなり困窮している様を目の当たりにしました。既にアメリカの大学で起きていた事が、イギリスにも波及してやがては世界的な傾向になるのではと思いつつ述べました。

さて、アメリカの大学では現在、困窮を越え、倒産(bankruptcy)という言葉まで飛び交うようになり、私立大学のみかLouisiana State University(LSU)などの州立大学でさえ、州政府の財政難のため倒産するのではと囁かれるようになりました。(*1)

今回は “A Degree from Where? Why Your College Could Go Bankrupt”(*2)と題するThe Fiscal Timesの記事を紹介します。「大学運営費が高騰し、州政府は財政難により大学交付金を大幅カット、大学はどうなるだろうか?」という巷間囁かれる疑問を取り上げています。

疑問の背景には、全米の現役大学生と卒業生が、総額1.2 trillionドル(約144兆円)もの教育ローンを抱えて返済に困窮しているという問題があります。ちなみにアメリカの1年の国家予算は約3.5trillionドル(約420兆円)ですからかなりの額であることが分かります。教育を授ける側も受ける側も多額の債務を抱えてしまっているのです。

とはいえ、学生も保護者も学位を取得しなければ将来設計ができないという思いがあります。であるなら、どの大学がどのように生き残ろうとしているのか、否、それ以前に、学位を取得することが将来設計に見合うものであるかどうかを真剣に考えるべきだ、とこの記事は訴えています。以下、この記事のポイントを要約してみましょう。 記事は、作家Nathan Harden氏の“The end of the university as we see it.”(*3)と称する記事を中心に展開します。同氏の以下のボトムラインで始まります。

In fifty years, if not much sooner, half of the roughly 4,500 colleges and universities now operating in the United States will have ceased to exist.

今月号の本コラムのタイトルはここから取りました。50年後に、全米4,500余の大学の半分は無くなると言い切っています。筆者自身Harden氏の記事を読むうちに、10年前のシンポジウムで述べた事があまり的外れではなかったと思いました。

MIT、Harvard、Yale、Princeton、Stanford、 Pennsylvania、U.C.Berkeleyなどの名だたる世界のトップ大学が、生き残りをかけて、edX、Coursera、MOOCSなどのプラットフォームで、online coursesを世界中に向けて安価かつ幅広く提供しているというHarden氏の報告を引用しています。中には100万単位の受講者を集めている授業もあり、以前に本コラムで筆者が述べたことは既に相当進行していたようです。

しかし、それにはそれなりの名声が必要で、世界的な名声を有する一握りのエリート校には可能であっても、世界的な名声を欠く“second-rated universities”(2流大学)には不可能で、よって従来通りの教育に固執せざるを得ないという現実があるとHarden氏は述べています。学生を集める為に校舎や寮を増築し、学部の増設や統廃合をするなどしても、施設費や人件費がかさんで経営を圧迫することになり、授業料を値上げして更に学生数を減らすという負のスパイラルに陥ると予測しています。世界トップ校を抱えるアメリカの大学でそうなら他の国々の大学はどうなるでしょうか。

Harden氏は以下のように予測します。すなわち、従来型の大学が学力のみならず高額な授業料を払える経済力も有する一部の学生にしか門戸を開けないのに対して、オンライン化により何時でも何処でも安価な授業を提供できる大学は受講者数を確実に増やし、経営は好転するであろうと。

音楽のCDに例えるなら、4学年の在籍を強いる従来型の教育は、聴きたい曲とそうでない曲が混在するアルバムのようなものであり、オンライン教育はそれぞれが好きな曲だけをダウンロードして自分のアルバムを作れるiPodのようなものだと言います。オンラインでStanfordのコンピュータ・コースを、MITのオンラインで数学を取るなど、個々が人生のそれぞれの段階で必要な時に必要なコースを選んで、言わば自分のアルバムを作る、lifelongのiPod型の教育が展開されて行くという事でしょう。

Harden氏は、まず、教育のあるべき姿は、全ての人が教育を安く受ける権利を保障することであると考えているようです。よって一部の人しか入学を許可されない従来型の大学の存在価値が薄れていくことで、多数の学生がいつでもどこでも安く受講できるオンライン教育を提供する大学への意識が高まり、教育本来の姿が保てるのではと述べています。

著名大学がオンライン化で危機を凌げるとのHarden氏の予測に対して、世界2大格付け機関の一つであるムーディーズ(Moody’s Investor Services)は、そうした主要大学(key universities)でさえかなり厳しいと指摘しています。交付金や寄付金の減少、学生数の減少、さらに高騰した授業料収入も減少するなど、毎年12.8パーセントの割合で債務が増えています。また民間の営利高等教育機関のオンライン・コースで受講料を下げても毎年7パーセントの割合で受講者が減少していることもあげ、オンライン利用で学生数が増加する見込みは薄いと否定的です。

記事はまた、大富豪Mark Cuban氏がブログ(*4)で、“Will your college go out of business before you graduate?”と問いかけをしたことを取り上げています。2000年当時にオンライン化に背を向けて、発行部数を増す為に工場や設備を増やして失敗した新聞社に、土地を買い校舎や寮を建てて学生を増やそうとした大学を重ね合わせ、多額の長期債務を抱えたまま次世代の変革に取り残されるだろうと同氏は酷評しています。

記事は、また、The Economistに掲載された“Free education: Learning new lessons”(*5)という記事でHarvard Business School(HBS)の著名教授Clayton Christiansen氏が述べたことも引用しています。同氏は、オンライン・テクノロジーが “standard universities”(通常の大学)を“wholesale bankruptcies”に追い込むだろうと断言しています。Harden氏の述べる理由に近いのですが、大学の大量倒産が起きるのは50年ではなく10年以内であるという点が異なります。2012年の発言ですが、それから2年が経った現在、LSUなどの現状を見るにつけあながち無視はできません。残り8年ということでしょうか。

ちなみに、この記事には言及されていませんが、上記The Economist記事では、無料オンライン学習サービスUdacity(*6)の創始者であるThrun氏の超過激な発言が紹介されています。UdacityはGoogleとの提携を進展させ、学界(academia)以外の世界的な著名人を集めてオンライン教育を行うと宣言し、50年後に活き残れるのは世界で10大学程度にすると発言しています。全ての分野を臨機応変にカバーするGoogleは脅威です。

このようにこの記事は各界の専門家の意見を紹介し、最後に、MITやHarvardの授業がオンラインでほぼ無料で取れるのに、聞いた事も無い大学に高い授業料を払って行く意味があるのだろうかとCuban氏の意見をなぞり締めくくります。Cuban氏のブログには以下の言及がありました。

“Before you go to college, or send your child to a 4 year school you better check their balance sheet. How much debt does the school have ? How many administrators making more than 200k do they have ? How much are they spending on building new buildings. None of which add value to your child’s education, but enrollment declines will force schools to increase their tuition and nail you with other costs. They just create a debtor university that risks going out of business.”

筆者自身、以前述べた通り、大学を選ぶ際にはその大学の財政報告を読むことには賛成です。

これらの意見は極論かもしれませんが、無視はできません。落ち着くところは、オンラインで学べる事はオンラインで、face-to—faceそしてin-personでしか学べない事は教育機関でということになるのではないでしょうか。それに関連してCarnegie Mellon’s Open Learning Initiative(*7)and Ithaka S+R(*8)などを紹介しています。上述のChristiansen氏も独自の取り組みを行っているようです。(*9)参考になりそうです。

メディアの変革が起きています。ICT(information and communication technology)は相互両方向のコミュニケーションを可能にするメディアです。オンライン教育であっても、従来の知識伝授型教育を移行するだけのものでは意味がありません。いかに発信型教育に繋げるか根本的に考える必要がありそうです。今回は大学と大学生についての厳しい意見を紹介しましたが、留学準備中の読者が早晩耳にする意見の一部である事は確かです。むしろ前向きにそうした状況も念頭に入れて、文系・理系に限らず、何の分野であれ、将来あるべき姿を追究できる大学や研究機関を選ぶべきでしょう。

さて、これらの情報はすべて英語による情報です。インターネットで情報を集め、読んで精査して真偽を見極めながら、大切な事は自分自身で考えることです。皆さんも読んで考えましょう。ただ読んで聞き流すだけではなく、外国の人と意見交換しながらよく考えることが大切です。オンライン教育に必要なのは自学自習の精神を持ち個々人が集まる事です。この記事のボトムラインはここにありそうです。いつでも何処でもできて無料です。英語力がアップします。

 

(*1)http://www.huffingtonpost.com/r-kyle-alagood/lsus-possible-bankruptcy-_b_7149140.html
(*2)http://www.thefiscaltimes.com/Articles/2013/02/12/Could-Your-College-or-University-Go-Bankrup
(*3)“The end of the university as we know it.” American Interest, December. 11, 2011
http://www.the-american-interest.com/2012/12/11/the-end-of-the-university-as-we-know-it/
(*4)Blog Maverick, The Mark Cuban Weblog. http://blogmaverick.com/2013/01/26/will-your-college-go-out-of-business-before-you-graduate/
(*5)The Economist. December 22, 2012. “Free education: Learning new lessons.” http://www.economist.com/news/international/21568738-online-courses-are-transforming-higher-education-creating-new-opportunities-best
(*6)Udacity https://www.udacity.com/
(*7)Carnegie Mellon Open Learning Initiative, http://oli.cmu.edu/
(*8)Ithaka S+R, https://www.google.co.jp/search?sourceid=chrome-psyapi2&ion=1&espv=2&ie=UTF-8&q=iThaka%20R&oq=iThaka%20R&aqs=chrome..69i57j0l5.17282j0j4
(*9)Clayton Christiansen interview with Mark Suster at Startup Global Grind: Educate, Inspire, Connect
https://www.youtube.com/watch?v=KYVdf5xyD8I

上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。