For Lifelong English

  • 鈴木佑治先生
  • 慶應義塾大学名誉教授

第94回 スマホ、禁止から解禁へ、アメリカ教育現場

インターネットにアクセスすれば、アメリカのK12(*1)から大学、大学院、社会人用のコースまで、いつでも何処でも受講できます。幼稚園に入る前の幼児対象のコースなどは、アルファベットから教えてくれるので、日本の幼稚園児や小学生にも分かりやすく、それぞれの好みに合わせて選べば効果抜群です。幼稚園児のみか、中学生、高校生、大学生にもお勧めです。なにせ無料ですから。日本の英語教育で漏れている多くの項目を自分のペースで学べます。高校生や大学生の皆さん、菱形、台形、小数点、分数や日頃目にする昆虫や動植物の英語名がすぐに頭に浮かびますか?オタマジャクシやカマキリを英語で言えますか?これらはみな幼稚園児や小学校低学年のコースに出てきます。小学校中学年から高学年のコースに出てくる項目になると日本の大学生が英語で言えないものが多発します。ましてや中学生や高校生用のコースになるとお手上げです。日本語に直せば日本の生徒が皆知っているものばかりですから、空いた時間があれば、こまめにアクセスして自動学習することをお勧めします。

通学中の電車やバスでのインターネットへのアクセスとなると、当然スマホを利用することになるでしょう。しかしながら、アメリカでも日本と同様に若者のスマホへの過剰依存による弊害が問題視され、教育の現場ではスマホを規制してきたのは確かです。1998年から2004年ごろまで数回に亘り訪米して各地の学校を視察した際には、デスクトップ・コンピュータについてもその使用をめぐり同じようなネガティブな議論がされました。そのため1990年代後半のクリントン政権時代にゴア副大統領が提唱した情報スーパー・ハイウエイ構想で小学校などに導入されたコンピュータが埃をかぶっていました。そんな一時期を経たものの、いつしか学校現場ではオンライン化が進み、デスクトップ型からラップトップ型そしてタブレット型のコンピュータが導入され、今やK12から大学院までオンライン・コースで溢れています。多分、スマホも同じ道を辿り、いずれは、ラップトップやタブレットに取って代わるでしょう。

最近、筆者の元に非常に興味深い記事が送られて参りました。長年国際規模の教育の普及に尽力されてこられた専門家の方からです。“Look, Mom, I’m Writing a Term Paper on My Smartphone”と題する2016年2月16日付けのThe Wall Street Journalの記事です(*2)。要旨は以下の通りです。

After years of cellphone bans, many teachers now invite teens to use smartphones for homework and during class.

記事はNorth Carolina州在住16才の高校生Daniel Self君の紹介で始まります。以前は宿題になかなか手をつけられない(procrastinator)であったDaniel君は、唯一取り柄とするスマホを使い、research、slideshow作り、プレゼンテーション、creative writingなどの学校の宿題をこなすようになったそうです。そうなった理由に、軽くなったとは言え依然かさばる(bulkyな)ラップトップに比べて、スマホはマウスやタイピングの必要も無く、指で(at fingertips)簡単に入力ができ、いつでもどこでも使えることを挙げています。Daniel君だけではなく、他の多くのアメリカの高校生もスマホを使い宿題のプロジェクトを行う傾向にあると記事は述べています。指で操作するという意味ではタブレットも同じですが、高校生の多くはスマホを好むようです。ポケットに入り、片手で操作できるスマホの汎用性には敵いません。

こうした生徒達の動向を見て、スマホ利用を積極的に奨励する授業も出てきました。例として、New York州 Clarkstown High School North及びClarkstown High School South、California州 Redwood High Schoolを挙げています。ある生徒は、marine-biology classでスマホの内蔵カメラやMicrosoftのHyperlapse MobileやWeVideoなどのアプリ(app=applicationの略)を使って2分ビデオを作成して発表し、ある生徒はpublic speaking classでGoogle Slidesというアプリで作成したスライドを使いディベートをしたとのこと。これらプロジェク活動以外に、social studies classでは、New York州の高校生が学年末に受けるglobal historyテスト対策としてスマホのアプリで問題集を作成し、送信された答えを即採点し返還しています。あるいはSpanish classなどの外国語の授業では、生徒にスマホを利用させ、動詞活用などのルーティンをより多角的に学習できるような環境を整えています。

もっとも、スマホが授業で使用されているか否かとは無関係に、生徒の多くはGoogle提供のスマホ・アプリDocs やSlidesなどを使用してテキストを書き、プレゼンテーション用スライドを作るなどしていると述べています。Googleが先生を対象に授業で使用できるようにと用意したアプリをいち早く生徒達が使い始めたことになり、先生達はその後を追うようにGoogle主催のそれらアプリの使い方セミナーに通い始めたというのが現状のようです。MicrosoftもOffice 365 Educationを出して、Wordや Power Pointなどをスマホでも使用できるようにして、スマホに慣れている生徒達のニーズに応えようとしています。

やっとコンピュータが行き渡り始めた教育の現場では、デスクトップからラップトップそして今やタブレットに代わりつつあるこの時期、まさかスマホがそれらに取って代わるであろうとは予測できなかったかもしれません。若い世代が肢体の延長かのように持ち運べるスマホを学習に利用しないことは考えられません。スマホは更に軽量化され薄くなり一枚の紙切れのようなデバイスに進化するかもしれません。紙と活字に慣れ切っていた筆者らの古い世代にとって、違った形の紙のようなものへの回帰です。いずれにせよ、ここでは紹介できませんが、インターネットには以下のようなサイトが並び、将来のスマホについて多方面からの意見が飛び交っています。

1.“What is the future of smartphones-Part 1”
2.“9 Crazy Futuristic Smartphone Trends That Are Already Here!”
3.“Smartphones Of The Future: 6 Cool Technologies”
4.“Using smartphone in education”
5.“How is smartphone used for education?”
6.“Courses on smartphones”
7.“USING GPS AND SMART PHONES TO CREATE A WORLD WIDE LABORATORY”

少々飛びますが、筆者がスマホも含めてオンライン化を真剣に考えるきっかけになったのは2011年3月11日の東日本大震災です。筆者は地震発生時にJR渋谷駅のホームにいました。教鞭を執っていた立命館大学の春休み中で一時帰省し、NHKの幼児の英語番組の収録に立ち会った直後のことでした。東京首都圏も震度5以上の揺れに襲われて都市機能は一時麻痺しました。沿道は人と車で溢れ、その中を初めは徒歩で、途中からは動き始めた電車に乗り8時間掛けて自宅に戻りました。直後の福島原発事故が追い打ちをかけ、それからしばらく首都圏の町並みは暗く閑散としていたのが今でも忘れられません。震源地から300キロ以上離れていてもこのような有様でしたが、5月になり、津波被害を受けた東北を訪れて目の当たりにした被害はその比ではありませんでした。

教育者としてまず心を痛めたのは保育園・幼稚園そして学校が津波に襲われ、そこで命を失った児童・生徒のことです。なんとかお役に立とうと思い、災害地から山形市に自主避難した福島の小学生のグループに出会い、若い同僚の先生達と一緒に夏休みの数日英語学習のお手伝いをしました。「プロジェクト発信型英語プログラム」を小学生用にアレンジして、とても有意義な時間を過ごさせてもらいました。彼らのはつらつとした発信力の素晴らしさに感動しました。インターネットを使い自分たちの思いを伝えようと一生懸命でした。

今では、それぞれ福島に帰りましたが、翌年の夏も訪れ、そのふた夏で多くのことを学びました。日本ではいつどこで大災害が起きるかもしれません。それ以来、「プロジェクト発信型英語プログラム」をオンラインでいつでもどこでも受けられるようにしようという機運に拍車がかかりました。学校が被害を被ってもオンラインなら、通信網が復帰すればすぐさま始められます。本コラムで、筆者がスマホなどを使ってオンラインで英語学習したり普通の授業を取ったりするのを勧めるのは、実は、何かあった時にオンラインで学習し授業を取ることに慣れていれば、自分の教育機会まで奪われるリスクを減らすことになると思うからです。

日本だけではありません。アメリカでもCalifornia州は大規模活断層が北から南まで突き抜けています。ですからロサンゼルスもサンフランシスコも何度も大地震に見舞われました。Stanford大学がいち早く授業をオンライン化し、かつStanford Online High Schoolまで始めたのは、そうした大地震や人災天災が起きて壊滅的な損害を被っても、オンライン上で教育を続けることを念頭においているものと考えています。大学がやらなければ、世界の大手の通信会社がGoogleやAppleやMicrosoftなどと提携してやるでしょう。

大災害が起きても児童、生徒、学生の教育を止めてはいけません。筆者がアメリカの大学を推奨する理由の一つは、どの分野であれこの方面でも最先端の試みをしており、最新事情や研究を探ってみてはと思うからです。従来型知識伝授型授業をオンラインで行っても受講者がすぐ飽きてしまいます。震災直後に震災地の生徒にタブレットを提供してもあまり効果が上がらなかったという話を耳にしました。今回紹介した記事の多くはスマホをプロジェクト活動に使用しています。オンライン上でできる発信型教育コンテンツが無ければ続かないでしょう。この分野でもアメリカは先行しています。

今回も幾つかの記事を紹介しました。スマホで読めます。空いた時間に読んでみましょう。コメントを求めていたら送ってみましょう。

*本稿は2016年4月4日に、鈴木佑治先生よりご寄稿いただいたきました。

 

(*1)Kindergartenから12th Grade(高校3年生)の教育

(*2)この記事の英文版は有料です

上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。