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  • 鈴木佑治先生
  • 慶應義塾大学名誉教授

第97回 “Do schools kill creativity? ” A TED talk by Sir Ken Robinson—約39,725,000 Total views!

Sir Ken RobinsonのTEDのレクチャー“Do schools kill creativity?”は、2006年2月に公開されるや人々の関心を集め、10年後の2016年の半ばになってもその勢いは留まるところを知りません。本稿執筆中の2016年6月末日のTotal viewsは約39,725,000回、40,000,000回に迫る勢いで、賛否両論入り交じり、教育者を含め世界中の老若男女の間で幅広く視聴されています。教育は国家の根幹に関る大事であることから、これほどまでの反響を受けるレクチャーを無視できないからでしょう。とても分かりやすくユーモアに富んでいます。聞いてみましょう。英語の字幕を表示できます。もちろん日本語も含め多くの言語の字幕も選択できます。読者の皆さんには英語の字幕を勧めます。何度か聞くうちに分かるようになります。(*1)

Sir Robinsonのtalkをより正確に理解するには生い立ちと略歴を念頭に入れておく必要がありそうです。Knightの称号であるSirを見て上流階級出身かと思いきや、1950年にLiverpoolの7人兄弟の貧しい労働者の家庭に生まれ、父親は作業中の事故で四肢麻痺、自身4才で小児麻痺に罹り下肢に障害を抱え相当苦労されたようです。そのために1961年から1964年までを身体障害児童が通う特別支援学校で過ごした後にWade Deacon Grammar Schoolに進学して1968年に卒業し、Breton Hall College of Educationに進んで英文学(English)と演劇(drama)を専攻し1972 年に学士号を取得しました。その後The University of London大学院へ進み1981年にdrama and theater in educationで博士過程を修了して博士号(Ph.D.)を取得しました。

学歴からもarts、特に、dramaやdanceなどのperforming artsへの関心を持ち続け、教育に活かすことに情熱を向けてきたことが分かります。徹底していますね。生まれ育った場所がShakespeareの生誕地Stratfordの近郊(Stratford-on-Avon)であったことから、幼少時より演劇に慣れ親しみ関心を持ったようです。その後の1980年代には“The Arts in School Projects”を立ち上げ、全英2000人以上の教員と共同で英国の学校教育におけるartsの普及に務めてきました。The University of Warwickで教育学の教授として12年間教鞭をとり、現在は退職し同大学の名誉教授の肩書を有しています。同時に米国を初めとするperforming arts系の大学や学部より名誉博士号を受け、英国と米国の文化交流に貢献したことを表され、Benjamin Franklin Medal of the Royal Society of Artsを受け、2003年に芸術教育への功労を評されてKnight Bachelorの称号を与えられました。これがSir Ken Robinsonと呼ばれる所以です。

学歴と経歴から察するに、貧しい労働者階級に生まれ、4才の時に小児麻痺に罹り障害を抱えながら、好きな芸術、特にdramaやdanceなどのperforming artsに情熱を傾け、それをベースに教育を考え実践してきたSir Robinsonの一貫した生き方が氏の主張するところに説得力を与えているようですね。人は生きて来たようにしか教えられません。体験が人の共感を生みます。氏のTED talkに対して教育者から賛成と同時に当然反論もありますが、実践報告、講演、著書、論文、エッセイなどにそれら反論に対する具体的な答えがあるので読むよう促すに留めています。そうした反論の多くが体験に基づいたものでなければ無為の議論に終わることを避ける為と述べています。ともあれ傾聴に値するレクチャーであることは確かです。

“Do schools kill creativity?”でSir Robinsonの訴えは単純明快です。世界中の公共教育は子供が生まれながらに持つcreativityを生かさず殺してしまっていることへの警告です。同時に、氏の長年にわたるcreativityを生かす取り組みを背景に、それを生かす教育に変換するよう促しています。子供達は多様で幅広い創造性に富んでおり、何が起こるか皆目見当もつかず予測不能な彼らの将来を切り拓くのは、彼らのcreativity以外にないからであると訴えています。Sir Robinsonの関心は自ずと教育に向けられます。掴むことのできない将来に導くのは教育であるからには、誰しもが関心を持つべきものであるからです。

このtalkがされた2006年に小学校1年生だった児童は2065年頃に引退します。その時、世の中はどうなっているでしょうか?否、5年後さえどうなっているか分かりません。予測の不可能さはまさに極まりつつあると指摘します。(*2)どんな将来を描いて教育するのでしょうか?子供はそんな不測な事態に対応しうる計り知れないinnovation能力を有していることは確かであるからには、その原動力となるcreativityは、学校教育においてliteracyと同じ位重要なものとして取り扱われるべきだと主張します。

Sir Robinsonは子供達の行動を観察することを通して、彼らが間違いを恐れず(“not frightened of being wrong”/“prepared to be wrong”)大胆に行動し(“take a chance”/“have a go”)オリジナルなものを生成しながら、持って生まれたcreativityを保持し育てていることを確信します。しかし、残念なことに、成長するにつれそうした大胆な行動は影を潜めて成人になる頃にはすっかり消えてしまうのです。行き着く職場は減点主義のもとで間違いをスティグマ化 する(“stigmatize mistakes”)悪習が常態化され、それが教育現場に反映されて間違うことを悪いことと見なす教育システムが横行し、子供達のcreativityを削いでしまっていると述べています。ピカソの明言「子供達はみな生まれつき芸術家である(“All children are born artists”)」を引用し、子供達が成長にともない芸術家であり続け、creativityを持ち続けるにはどうすべきか、これこそが教育問題の争点ではないかと正します。

Sir Robinsonは、母国イギリスや移住先の米国Los Angelesのみならず、視察で訪れた世界の多くの国々の教育現場でもcreativityをないがしろにする普遍的な傾向が見られると指摘しています。教科に優先順位(hierarchy)を付けることが常態化しており、mathematicsとlanguagesを最上位に、人文系科目(the humanities)を次に、芸術系科目(the arts)を最下位に置くのはどこの国でも見られるようです。最下位の芸術系科目(arts)においては、音楽(music)と美術(art)を上に演劇(drama)とdanceを下に置く傾向があるようです。子供達にとってdanceは mathと同じ位重要な筈なのに、毎日mathを教えていながらdanceを教えるカリキュラムが皆無なのは何故であろうかとの疑問を呈します。世界中どこへ行けども子供というのはdanceが好きで興じており、それを止めることはできません。その理由は、ずばり、体があるからだと述べています。しかるに、現存の多くの教育システムはそのことをないがしろにし、学年が進むにつれて頭にのみ集中する傾向があり、頭と体を引き裂く抽象化(disembodied)が進行して頭でしか生きられないことになってしまうだろうと警告しています。

こうした傾向は学力(academic ability)のみに基づく現行の教育システムの各所に明らかですが、Sir Robinsonはそうなった要因は19世紀に遡るものと考えます。そもそも、19世紀以前には公共の教育システムは世界のどこにも存在しなかったが、産業主義(industrialism)の隆盛とともに産業を推進する上で民衆を教育しようというニーズが高まり、それに応ずる形で公共教育システムが導入され、その結果、同時に上述したような教科の優先順位(hierarchy)も定着したものと考えています。すなわち、工業生産に最も役立つ教科を最上位に、あまり役立ちそうも無い教科である音楽、美術などのartsを最下位に置く考え方が自然に定着していったのだろうと推測しています。

学力中心主義の傾向はやがて知性(intelligence)のあり方を支配するようになり、頂点に立つ大学がイメージするまま公共教育システムをデザインしてきた結果、公共教育は「長々と引き延ばされた大学入学プロセス(a protracted process of university entrance)」に組み込まれたと見ます。そのプロセスから漏れてしまう生徒を無価値と判断し、多くのcreativityに富む生徒を落ちこぼして来たが、今やそうする余裕はないと断言します。

UNESCOの報告ではここ30年間に史上かつてない数の高学歴者が増え、学士号、修士号、博士号など大学や大学院で取得する学位は希少価値を失って職探しの決め手にはならなくなるだろうと言われています。もはや産業革命から続いた価値観や学問体系が効力を失い、学力=知性(intelligence)というあり方そのものを問い直さなければならないということでしょう。

知性(intelligence)は、本来、多様性に富んでおり(diverse)、私たちは生まれつき視覚、聴覚、身体、動き、抽象的な言葉など状況に応じて様々な方法で思考します。知性は動的で(dynamic)、その基盤となる脳の部位同士が相互に連携しあっているように相互作用的(interactive)です。必然的に多くの分野が連携し合うのです。creativityをオリジナルなアイディアを生成するプロセスと定義すると、それはまさしくこうした柔軟な知性からしか生まれない、これがSir Robinsonのtalkの要点(the bottom line)です。

Sir Robinsonは多くの偉大な芸術家をインタビューしていますが、その一人が世界的に名だたる舞踏振りつけ師(choreographer)Gillian Lynneです。オペラ“Cats”と“Phantom of the Opera”の振りつけをした女性です。Sir Robinsonが英国ロイヤル・バレエ団(The Royal Ballet)の理事をしていた時に話す機会があったそうです。1930年代に小学生時代を過ごした彼女は、落ち着きがなくて授業に集中できずに学校側から学習障害ありと判断されてしまいました。今で言うADHD(注意欠陥・多動性障害)です。保護者とともに専門医に赴いて診てもらったところ、ラジオから流れる音楽に合わせて体を動かすのを見た医師は「彼女は病気ではなくdancerだ」と保護者を諭し、ダンス・スクールに入れるようにアドバイスしました。アドバイスに従い或るダンス・スクールに行ってみると、そこでは彼女のような生徒達が生き生きとダンスに取り組んでいたのを見て驚きかつ感動したそうです。動いて考えることに長けた子供達の集団です。早速そのダンス・スクールに通うようになったのは言うまでもありませんが、その先の彼女の人生については、Gillian Lynne Official Siteに記されています。

 

子供達の創造力(creative capacities)は多様でrichなものであるので、我々大人にできることは、子供達が頭だけではなく全身に注視した教育を受けられる環境を作り、子供達がそれぞれ自分の将来を作り出すことができるようにすることであると強調します。私たち大人には彼らが作る将来を見ることはできませんが、彼らは自分で作る将来を見るのです。大人は、子供達の将来設計の準備に手助けをすることに過ぎないと結びます。

読者の皆さんはどう思いますか?筆者が本コラムでこれまでに何回か紹介してきた筆者開発の『プロジェクト発信型英語プログラム』の基本理念と多くの点で共通するところがあるように思います。筆者の基本理念は筆者自身が考えたコミュニケーション論に基づいていますが、Sir Robinsonの語る多くのことが、人の体の中で行われている神経システムの活動で裏付けられます。筆者はそれをprimary communicationと称し、人と人との間のコミュニケーションをsecondary communicationと称しています。詳細は拙著を参照していただきたいと思いますが、the primary communicationにおいて生成されるメッセージは多感覚で豊富ですが、それを人に伝えようとすると制限が掛かります。社会的制限そして表現形態的制限です。これについては又詳しくお話いたします。

最後に英語のリスニングについて一言。Sir Robinsonのtalkは分かりやすいものの、背景をよく知らないと理解できないことが多いのも事実です。子供達のcreativityは間違いを恐れないことから来ることを示す一つの例として、自分の子供Jamesが4才の頃のthe Nativity play に出た時の話をしています。 彼が咄嗟に言った“Frank sent it.”が例として出されていますが、何故、笑いが起きたのかはthe Nativity playが分からないと分かりません。調べてみましょう。Mel Gibson 主演の映画“Nativity II”もあるようで、このtalkでもそのことが触れられています。このエピソードの状況(前景・背景)を知れば理解できます。普段から他文化について興味を持ちましょう、そのことが英語を聞き取る能力にも繋がります。他にもStratfordやそこで生まれたShakespeareについても調べるとSir Robinsonの英国人的witとhumor (humour)がより理解できます。

 

(2016年7月22日記、2016年8月5日入稿)

 

(*1)TED talksでは色々な言語の字幕を選択して画面下に表示できるのはご存知だと思います。これを他言語の読解の練習に利用できます。筆者の場合、英語を聞きながらフランス語の字幕を出してフランス語のスピード リーディングの練習をします。読者も第二外国語の字幕を出して練習してみてはいかがでしょうか。画面下のSubtitlesをクリックすると字幕は出て来ます。また、Transcriptをクリックするとフルテキストが表示されます。
(*2)その2年後の2008年にはリーマンショックが、5、6年後からはシリア情勢の悪化に伴う大量難民問題、10年後の2016年6月にはSir Robinsonの母国英国の国民投票(referendum)によるEU離脱決定など予測不可能な事態が起きつつあります。

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