For Lifelong English

  • 鈴木佑治先生
  • 慶應義塾大学名誉教授
    Yuji Suzuki, Ph.D.
    Professor Emeritus, Keio University

第104回 受験英語の勉強にハンズオン・マインズオン・アクティビティー(*1)を加えて使える英語にしよう!

今年の大学入試シーズンも終盤に入りましたが、電車やバスの中でよく見かけるのは大学受験単語集を一所懸命暗記している高校生の姿です。昨年の秋、首都圏の地下鉄で、大学受験英単語集に一所懸命目を通している男子高校生を見かけました。今も昔も変わらぬ光景に接し、懐かしくもあり、同時に切なさも感じました。

筆者の高校時代には、マメ単と称する市販の単語集以外に、リング綴じの単語カードで作った自前の単語帳、はたまた英和辞書そのものを暗記しようとする人もいました。それだけで留まらずに覚えたページを片端から飲み込んだ人もいたとかいなかったとか、大学入試前にできるだけ多くの単語を詰め込まなければという気迫は不変のようです。

しかしながら、残念なことに、こうして詰め込み型で覚えた文法・語彙・表現は実際に使わなければ長く記憶に残らないのです。以前も述べましたが、記憶と学習は密接に関係します。記憶には短期記憶(short-term memory)(*2)と長期記憶(long-term memory)があります。短期記憶は少量の情報を数十秒しか保持できませんが、長期記憶では長期に亘り大量の情報を保持できます。短期記憶の情報を何度も反復するなどして長期情報に変えることができます。外国語学習においても初めて習うことを繰り返し反復して長期記憶に蓄積していくわけです。

では長期記憶とは何でしょうか?短期記憶は情報量も少なくすぐ消えてしまう為にその用途は限定的ですが、長期記憶に蓄積された情報は長期に亘り色々な用途で操作できます。長期記憶には2種類あります。宣言記憶(declarative memory)と手続き記憶(procedural memory)です。

宣言記憶とは、事実、概念、体験に関する情報の記憶で、意識的に記憶し、意識的に取り出して宣言・陳述・議論することができます。別名explicit(明示的)memoryとも言われます。(*3)

手続き記憶は色々なスキルのノウハウの記憶で、無意識に記憶され無意識に再現されます。自転車に乗るというスキルがその一例です。まずは、自転車に乗って転んだりしながら試行錯誤の末に転ばない乗り方を覚え、一旦覚えると、自転車に乗るときは自動的に無意識のうちに作動します。意識せず自動的に再現されるのでimplicit(非明示的)memoryとも言われます。(*4)

言語学習にはこの2種類の記憶が必要です。言語の構造は、文法(統語)、語彙、音、意味の4体系から成る複合体系です。この複合体系は、コミュニケーションを通して聞き、話し、読み、書きの4つの活動をすることにより記憶されるのです。言語の構造の知識、特に、語彙の習得などは宣言的記憶に依存する部分が多く、4スキルは自転車の乗り方と同じように手続き記憶に依存します。

母語においては、家庭や学校などの日常生活で聞いたり話したり読んだり書いたりするうちに、4スキルも構造もバランスよく自然に習得していきます。一方、外国語学習においては、文法、語彙、音、意味の知識を学習しながら、同時に4スキルを磨いていかなければなりません。実際に言語を使いながら文法、語彙、音、意味の知識を付けていく工夫をしなければならないのです。

したがって、受験英単語集を丸暗記しても短期記憶止まりで長期記憶には残りません。入試まで何度も何度も見返すことによって短期間保持できますが、入試が終わり、見返すのをやめてしまうと泡のごとく消えていくのです。要は、コミュニケーションをして使わなければ、いずれ忘れ去られていくということです。受験勉強で積み上げた英語は、入試期間をピークに短期記憶の貯蔵庫にいったん蓄積されるものの、その期間が終わると徐々に失われていきます。

これは英語の入試問題の多くがコミュニケーション活動とかけ離れていることから起きる現象なのです。入試問題の傾向と対策に従い頑張った結果、入試問題に対応できても、コミュニケーション能力は付かないのです。入試の聴解と読解などは、コミュニケーションで聞いたり読んだりする行為と近そうで似て非なるものです。というのは、コミュニケーションで聞いたり読んだりして情報を集める行為は、受信行為であるものの、話したり書いたりする発信行為と一連のサイクルで繋がっています。しかもそのサイクルは通常一度に留まらず何度も繰り返されて量的に膨大です。さらにリアルタイムで状況に合わせて解釈し、即メッセージを返す発信作業に移らなければなりません。それは発信のための受信で能動的なのです。

英語を聞き流すだけで上達できるでしょうか?よくある質問ですが、答えはNO!です。聞くだけで話せるようになったらこんな楽なことはありません。毎日浴びるほど聞いても無理です。見るだけでゴルフが上達しないのと同じで、人は相手が話すことを聞いてそれについて話し相手にフィードバックし、互いの意図を確認し合います。聞いたり話したり、読んだり書いたりする行為はワンセットなのです。(*5)入試の聴解問題や読解問題をいくら繰り返しても、話したり書いたりする能力は付きませんし、それどころか、聞く能力や読む能力さえも現実のコミュニケーションでは機能せず、満足なものとは言えないでしょう。

いわんや、単語の発音記号を覚えたり、文をバラバラにして並び替えたり、空白を作って埋めたりする、発音、語彙・表現、文法構造に触れる問題ですが、正常なコミュニケーション活動とは言えません。言語構造はコミュニケーションをするうちに身に付けるものです。ですから、入試の発音問題、読解、聴解、穴埋めや並び替え問題が解けるようになっても、英語コミュニケーション能力は付きません。

とは言っても大学受験は避けて通れないのが現実です。そこでルーティン・ワークにインターラクティブなコミュニケーション活動を加味して少しでも使えるように工夫してみましょう。自分に合うハンズオン・マインズオンの学習方法を考えて実践してみるということです。簡単です。筆者は、静岡県清水市(*6)で過ごした高校時代、毎週土曜日に教会に行き宣教師の先生と話したり、港に行って外国人観光客と話したりしました。一人コツコツと読破した山崎貞著『新自修英文典』の構文が本当に使えることが分かり感激したものです。机上の勉強の限界を悟り、海外留学へ思いを馳せるようになったのはこの時です。

何でも揃っている現在、直接体験をする時間がなくても、ちょっとした工夫でインターラクティブな活動に変えることができます。語彙・表現に限れば、単語集を丸暗記する代わりにゲームを取り入れてはどうでしょうか。インターネットには無料のサイトがたくさんあります。例えば、

Practice That Feel Like Play- Dynamic Adaptive Learning

などは、英語ネイティブの小学1年生から高校3年生が必要とする語彙をゲーム感覚で学ばせてくれます。発音も聞けます。スマホがあればいつでもどこでも無料でできます。English, vocabulary, gamesと入力して検索すれば他にもたくさんあります。

vocabularyだけではなく本コラムでも以前取り上げましたが、grammar, reading, listening, writing, speakingなどもインターラクティブに学べるサイトが有りますのでチェックしてみましょう。ちょっとした工夫次第で、英語の勉強をインターラクションに富んだよりコミュニケーション活動に近いものにすることができます。筆者は大学で教鞭を執っていた頃、授業の息抜きに英語の歌を歌ったことがあります。どのクラスにもアカペラなどの音楽関係のクラブに所属している学生がいて、彼らがよく歌うEnglish songsを紹介してもらい、筆者が歌詞の解説と発音練習を行い、彼らが歌の指導をしてくれました。

これだけでもコミュニケーションになります。歌は古今東西重要なコミュニケーションの手段です。人の様々な心情を綴っていますし、同じ曲でも人により状況により歌い方が変わりますし伝わり方も変わります。歌で聴衆とコミュニケーションをするブルースなどはその最たるものです。また、一つの歌には日常使う語彙・表現・文法が詰まっています。アメリカ留学を考えている読者はオールディーズから現在のポップソングまで色々な歌を覚えておくとよいでしょう。歌は文化の一部ですから、アメリカに行ったときなどは老若男女の話題としても適しています。歌えるようになった語彙・表現、文法事項は長期記憶に残ります。もちろん、会話にも使えます。

例として、一つ紹介しましょう。日本中でよく耳にするDaydream Believerという歌です。日本ではザ・タイマ—ズの故忌野清志郎さんがデイ・ドリーム・ビリーバーして歌っています。清志郎さんは原曲とは関係なく自分の心情を日本語で歌っていますが、素晴らしいですね。原曲は1960年代後半にThe Monkeesというグループが歌いました。筆者も洋楽カラオケでよく歌います。歌詞(lyric)と歌はhttps://www.youtube.com/watch?v=9_SMJ-Uwmkgにあります。開けてみましょう。

語彙・表現はそれほど難しくありません。daydream = 空想 / ‘neath = beneath = below / sting = 突き刺す / cheer up = 元気を出す / on one’s steed = on one’s horse / dollar one = 最初の1ドル(dollar two, dollar three… / vs. one dollar, two dollars, three dollars…との違いに注意)

文法事項は関係代名詞、間接疑問、疑問代名詞、命令形、仮定法過去形、副詞句( one to spend / as she sings / without all, etc.)、不定詞、熟語(thought of me as~ / wipe the sleep of~(cf. strip / deprive~ of ~))など豊富です。

筆者自身63才よりジャズ・ボーカルを習い初めて9年目になります。まず曲の歌詞を全部覚えなければなりません。新しい曲を習う度に歌詞を調べて理解しなければ覚えられませんし、感情を込めて歌うことができません。50年近くもアメリカと関わりこれらの歌を耳にしてきたにも拘わらず、いかに歌詞で知らないことが多いか思い知らされます。ネイティブでさえ意味が分からない歌詞が多いのですから当然と言えば当然なのです。

この歌にも実は色々な解釈があり、ネット上で議論が展開されているようです。読者の皆さんはどう思いますか。関心があれば、この歌の背景については作曲したJohn StewartのインタビューがYouTubeに有るので見てみましょう。John Stewart interview on writing “Daydream Believer”もっとも、解釈は幾つあってもよいわけです。1976年にリリースされて以来1,600万枚も売れたロック・ミュージックを代表する名曲、The EaglesのHotel Californiaの歌詞の細部は依然謎だらけです。読者の皆さんも調べて議論に参加してみてはどうでしょう。global communicationに繋がります。

要は、ただ歌を聞くだけではなく、実際に歌ってコミュニケーションに繋げていくことです。分らない単語は調べてみる、背景を探ってみる、こうして覚えて歌えるようになった歌の語彙・表現は長期記憶に残り忘れません。

冒頭で述べた電車の中で単語帳を開いていた高校生はプロ野球観戦の帰りでした。首に掛けている応援グッズから筆者と同じチームを贔屓にしているようです。そのよしみで声を掛けようと思ったのですが、邪魔をしてはいけないと思い掛けませんでした。野球観戦が趣味と見受けました。野球ならメジャーリーグ放送の副音声で英語の解説を聞いてみるのもよいでしょう。単語帳にある語彙がたくさん出てきます。

相撲ファンならNHKの相撲放送の副音声で英語の解説が聞けます。ラグビー、サッカー、ゴルフも同じです。それ以外の趣味もインターネットにあるサイトに目を通すだけで活きた英語が耳や目に残るでしょう。それだけでも単語集にリストされている語彙・表現の数を優に越えます。関心があるので、もっと調べたくなるでしょうし、話してみたくもなるでしょう。これらの語彙を使うチャンスも増えますから、やがて使えるようになります。

調べれば調べるほど語彙数が広がります。簡単な例を挙げましょう。投手はpitcherでpitchは「投げる」という意味ですね。関連してクリケットでもよく使われるhurlerという単語があります。「強く投げる」という意味のhurlに-erをつけて「投手」です。野球好きなら投手の最多勝争いのことを表す「ハーラーダービ一」という言葉を聞いたことがあると思います。サッカーでもpitchという言葉が使われますね。どういう意味でしょうか、また、道路の舗装に使うpitchもあります。さらに、a pitcher of beerのように「容器(container)」という意味でも使われます。

これから受験を迎える高校生の皆さんは是非一度試してみてください。自分で考え、体で覚える英語とはこのことです。まさにハンズオン・マインズオンです。入試を終えて大学生になる皆さん、せっかく入試で覚えた英語もそのままではどんどん記憶から消えていきます。皆さんが大学3年生の時にオリンピックが開催され外国の人が大勢来ます。せっかく時間をかけて習った受験英語が消えてしまう前にリサイクルして蘇生させ、外国の人との交流に役立てましょう。

(2017年2月3日記)

 

(*1)hands-on/minds-on activities学習者自身が体と頭を使い問題解決する。The Free English Dictionary http://www.mondofacto.com/facts/dictionary?hands-on%2Fminds-on+activities
(*2)working memory(作業記憶)とは違います。
(*3)宣言的記憶は、更に、個々人の特定の体験についてのエピソード的記憶(episodic memory)と事実についての記憶(semantic memory)の2種類があります。
(*4)現在非常に関心を集めている分野です。インターネットでmemory, learning theoriesなどのキーワードを入力してチェックしてみてください。当然、神経科学(neuroscience)と関連します。アメリカの主要大学の医学部(大学院)が脳神経学基礎コースを無料で配信しています。University of TexasのMedical Schoolの神経科学科のNeuroscience online---an electronic textbook for the neurosciences(http://neuroscience.uth.tmc.edu/)を勧めます。Section4のChapter 7 Learning and memory (http://neuroscience.uth.tmc.edu/s4/chapter07.html)で記憶と学習の仕組みをとても分りやすく解説しています。
(*5)聞いたことを復唱する程度のことは誰にでもできます。大抵挨拶などの常套句です。専門用語ではphatic communionといい、本格的な会話をする前の潤滑油のようなものです。会話はそこから始まるのです。予め準備した原稿を覚えて復唱し訴えることもスピーチ・コンテストは、自分で原稿を書いている訳ですから、分けて考えます。但し、復唱ではなく、ICTを駆使して自分の考えを多角的に発表できるプレゼンテーション・コンテストにすべきと思います。ディスカッション・セッションを設けて質疑応答し創造力を競わせるべきです。
(*6)現在の静岡市清水区です。筆者の生まれ育った故郷です。高等学校を卒業した1962年までの18年間をここで過ごしました。清水港は国際港で外国の貨物船や客船がたくさん寄港していました。

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